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文系・理系論の暫定的まとめ [文系のたわごと]

 一応ここいらで、現時点での文系・理系という分類に対する考えをまとめてみます。
 まとめられて初めて異論・反論が浮かぶと言うこともあると思いますので(自分自身でも)、「とりあえず」のまとめ、としておきます。

≪各学問領域は2つに分類可能か≫

 文系・理系の区分けは、各学問領域の内容の共通性でカテゴライズされたものとは言い難いと言うのがひとつの結論です。

 同系分野とされる学問相互についての繋がりは見出されます。ただし、例えば理系の学問領域Aと理系の学問領域Bの繋がり方と、理系の学問領域Aと理系の学問領域Cの繋がり方は異なります。その一方で、理系の学問領域Aと文系の学問領域Dの繋がりも見出されたりもします。

 ある繋がりを重視し、ある繋がりを無視する、と恣意的に選別すれば、理系のみネットワーク、文系のみネットワークを形成する事も可能でしょうが、逆に、そこまでして無理に分類する必然性は無いに等しいのではないでしょうか。

 私達が、各学問領域をみて「文系っぽい」あるいは「理系っぽい」と感じるのは『既にそのような枠組みとその大体の例が既に与えられているから』と考えられます。
 仮に文系・理系という枠組みやその詳細を知らない人が、複数の学問領域を大きく2つに分けようとすれば、実際の文系理系の分け方とは違う可能性も十分にあります(それ以前に、「2つでは到底無理」と言うかもしれません)。

 そのため、学問的な話をする際、希薄な共通性によって無理矢理文系・理系の大枠でくくってから扱うよりも、各学問領域の独自性を尊重して個別に扱う、という態度の方が適切です。

≪なぜ分類するのか≫

 では、文系・理系の区分が実効性を持つのは、と言うと、それは主に大学受験の場であり、それも文系科目(国語・社会)を重視するか、理系科目(数学・科学)を重視するかぐらいの違いでしかないと考えられます。

 だけど、数学・科学ができる人が論理的で、できない人は論理的でないかと言うとそうではなくて、国語(多分社会も)ができるようになるのにも論理的である事が必要とされます。
 一方、単純に公式に当てはめればOKという数学は得意だけど、証明問題等、公式を上手く組み合わせなくては答えが出ないものは苦手という人は、単に(公式の)暗記上手、計算上手なだけであって、論理的であるとは言えません。

 強いて言えば、大学入試時、文系の場合は分散する様々な要因を論理的にネットワーク化する力、理系の場合は様々な要因を論理的に一点に集約させる力、がそれぞれ”より重要視”されている、という事はあるかもしれません。

 ただし、目出度く大学に進学して専門分野を履修した際に、まともなレポートや論文を書く場合には、理系にしろ文系にしろ、両方の論理性が要求されるのは言うまでもありません。

 
≪総論と考察≫

 総論としては、やれ文系だから、理系だから、とのこだわりが必要になるのは、大学進学を目指す高校生ぐらいであり、それぞれが何らかの専門分野を理解している、あるいは理解しようとしているという前提で行われる議論において、自分や他人について、文系・理系の属性で何事かを評価する必然性は到底見出せない、という事になります。

 では、なぜそんなものに拘って自慢したり相手をけなしたりする人がいるのか?
 それは結局、自分の中身がほとんど空っぽだから、にすぎないでしょう。

 「理系だから文系より論理的だ」とか「理系だから文系より科学の知識がある」と思い込むのは別にかまわないので、だったらその通り、論理的な所を見せ、科学的な所を見せ、文系の人がどう対応するのか確かめて欲しいんです。
 その思い込みが正しいとすれば、文系の人は何も言えず降参するはずなのですから。

 しかし、「理系だから~だ」と言うくせにそれをしないのは、「実はそれができないから、それしか言えない」、としか見えないのです。

 なんか理系ばかり悪者にして申し訳ないけど(文系なもので…)、念のため言っておきますが、対象は”理系というカテゴリに属する学問分野の方々全て”ではなく、議論で”理系(文系)という属性を問題にする方々ですからね。
 それに、当然文系の立場を利用しようとする人も同様です。あと、自分が論理的でない言い訳に“文系”を使わないように。

 文系だろうが理系だろうが「自分は論理的だ」でいいじゃないですか。下手な理由をくっつけなくても、実際に論理的である事を言動で示せばいいんです。

《最後に》

 一番言いたいのは、文系とか理系とか、そのような属性いかんでイニシアティブを取ったり取られたりするレベルの議論はつまらないじゃないの、ということ。

 例えば、「専門家の意見だから」、「社長の意見だから」とか、発言の内容ではなく、発言者の属性で結果が決まる議論だったら、最初に自己紹介してそれで優劣をつければ良いわけで、あえて議論をする必然性は全く無いでしょう。

 そうではなく、“論”で判断するからこその、議“論”ですよね。


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