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「ゲーム脳の恐怖」解析1 ~無知の下心~ [ゲーム脳の恐怖]

【無知と思われたくない無知は、どう装うか?】

 専門家というのは、「専門的な知識」を十分に理解している必要があると考えられます。
 そのため、専門家は、その「専門的な知識」を、それを持たない一般の人に分かりやすく正確に説明する能力を有するはずです。
 また、「専門的な知識」を前提として繰り広げられる高度な話題こそが、「専門家による専門的な話」であると言えます。


 では、「専門的な知識」について、「専門書の引用」しかしない、というのはどうでしょう?
 もし、読者に一般人を想定しているのであれば、キチンと分るよう説明しなければ理解できないのですから、そのようなくだりは用を成しません。
 専門家を対象とするのであれば、それは既に知っている事だから、やはり意味はありません。

 つまり、「専門的な知識」について、「専門書の引用」しかしない、というのは、どのような読者にとってもメリットは無い『全くの無駄』なのです。


 そんな『全くの無駄』にあえて紙面を割くのは何故か?
 そこにあるのは、読者のメリットではなく、著者のメリットではないでしょうか。

 著者は「専門的な知識」を十分に理解していないから説明できない。
 しかし、「説明できない」では『専門家のフリ』ができない。
 そこで、「説明した」という既成事実をでっち上げるために、「専門書の引用」をする、という姑息な策略をしていると考えられます。

 しかし、そのようなやり口は、自らのウイークポイントをわざわざ晒すに事になります。
 何故なら、そのカラクリさえ見破れられれば、『何を理解していないのか』が看破されるからです。

 このような観点に立ち、著者のウイークポイントは何か探ってみましょう。



 この本では、ゲーム脳の解析に入る前に、20ページ超を割いて「脳概論」のようなものを述べております。
 しかし、大部分が「ゲーム脳」の理解に関係無いような話であり、また、妙に具体的な所が有ると思えば、概念の列挙に留めている所があり、また断定形と伝聞形が混在したりと、非常にぎくしゃくしています(「このことから、視覚情報の構成に重要な場所です」とか、微妙に文章が変な所もあります)。

 言うなれば、「仕入れた情報を整理せずに羅列した」だけなんですね。
 別な言い方をすれば、「自分はこんな事知っているんだよ」と『知識量』を自慢するためだけの文章。
 そのため、揶揄をこめて、この部分を『脳トリビア』と呼ぶことにします。


 脳トリビアに辟易した頃、ようやくこの本のメインテーマであるはずの「脳波」の話になります。
 しかし、その説明に費やすのは大体4ページ分くらい(!)と,脳トリビアと比較して貧弱すぎます。
 また、その文章は「脳トリビア」以上に情報の羅列感が強まります。
 しかも,自分の研究で最もキーとなるはずの「β波」の説明に至っては、4行かそこらで、その説明は,『説明になってない』と言って良い程曖昧かつ具体性がありません(その理由は別の機会で詳しく述べます)。

 冒頭で述べた観点に沿えば、これから「脳波」の「β波」についての自説を展開しようとしている人が、その両者について、満足に説明できるレベルの理解を持っていない事を示唆します。

 そんなバカな、第1章の序盤で海外の大学で脳の研究をしてきたと言っているじゃないか、とお思いの方もいるかもしれません(私も、それをウソだと言う気はありません)。
 しかし、「自分は脳機能をニューロンレベルで調べてきた」と自慢していますが、裏を返せば,脳波レベルの研究は少なくともおおっぴらに自慢できるほどはやらなかったとも捉えられるのではないでしょうか(脳トリビアと脳波の説明のギャップはそれを強く示唆します)。

 この人は、今まで何の前置きもなく、脳トリビアで“専門的”な話をバンバンしてきたくせに、脳波のくだりではいきなり「少し専門的な説明をします」前置きしています。

 おそらく、この人の場合、自分の専門分野の事を「専門的」と称するのではなく、「難しい」の代名詞として「専門的」を使っていると思われます。
 また、その「難しい」の基準は、「読者にとって」ではなく、「自分にとって」であるのでしょう。
 自分には「難しい」から噛み砕いて説明できず、「難しい」ままでしか提示できないのです。


 実は、この人は他にも「専門的」という言い訳を使っている所があります。
 しかも、2度、最初に「多少専門的な説明を加えておきます」と言い、終わってから「多少専門的な説明になりましたが」と言います(途中にも「専門的」と言う単語が出てきます)。
 この念入りさから、この人にとって、「その話」がチンプンカンプンなんだなぁ、という事がよ~くわかります。

 「その話」とは何か?
 それは、開発した脳波計の説明です。

 その内容は、まさに専門用語の羅列のオンパレード。
 不関電極・誘導電極・国際10-20法等の単語が何の補足説明も無くざっくり使われます。さらに、機器についても帯域フィルタ・成分信号・数値化回路・数値化積分値等の単語が並べられます。

 まさに、「他人が作った仕様書をそのまま写しただけ」の様相です。
 自分でもわけが分かっていないという証拠に、「簡易型脳波計では電極に電極糊をつける必要がありません」と言った11行後に「不関電極は、電極糊を使って装着します」と大きく矛盾する文章を、何の躊躇も無く書いています。


【まとめ】
 前半の文章の書き方で、著者が「脳波(特に「β波」)」や、「自分の使った装置の仕組み」についての理解が不十分である事が十分推測できました。
 そんな人が、その「装置」で計測した「脳波」で何かものを言おうとしているのですから、出発点から大きな矛盾を孕んだ話ですね。


 「ウソを付く時、人は多弁になる」と言います。
 ウソに着目されないよう、余計な事をベラベラしゃべりがち。
 それは、かえって不自然も生み、ウソを看破される原因になる事もあります。

 著者はあまりにも致命的なウイークポイントを隠すために、不必要に長い「脳トリビア」を披露したのではないかと思われますが、かえって不自然さが際立ち、どうも成功しているとは思えません。

(実際は知らないけど、講演会でも最初に長々と「脳トリビア」の披露で時間を費やしてハッタリかますんじゃないかなぁ、と予想してみる)

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たこやき

はじめまして。

>実際は知らないけど、講演会でも最初に長々と「脳トリビア」の披露で時間を費やしてハッタリかますんじゃないかなぁ、と予想してみる

の部分ですが、私が森氏の講演に行った際は、仰るような形でした。
何の説明もなく、突如、専門用語の羅列のようなことを延々と喋りだしたり、全く聴いている人に説明する気はありませんでした(しかも、やたら早口で原稿をそのまま読み上げているだけ、という格好)
ただ、私が行ったときだけ、かも知れませんが、最初はむしろ、そういう説明ではなく、ただひたすら「いかに今の子供がおかしいか」というのをイメージ画像などを使って演出し、恐怖感を煽る、という形になっており、この「脳トリビア」は、聴いている側が疲れてきた頃を見計らって(時間にすると1時間を過ぎた辺りで)、というような形でした。
by たこやき (2008-04-23 09:05) 

Judgement

 たこやきさんはじめまして。
 貴重な情報ありがとうございます。
(一度私も講演会を聞いてみたいところですが、ウワサによると質疑の時間は殆ど無いようなので、非常にストレスが残りそうです。)

 形に残る本でさえ、ですから、形に残らない講演会ならなおさらこの手を使うだろうな、と予測したんですが、当たってるみたいですね。

 しかし、恐怖感を煽ってから、ハッタリで権威付けをし「そんな私の言う事を信じればOK」では、まさに怪しい宗教の教祖ですね...
by Judgement (2008-04-23 23:09) 

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