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極端な自分本位 [ABO FAN Blog]

 なんだかんだ言っても、ABOFAN氏は私を気にしている気がします。
 ねちねちと「TBもよこさないんだよね~」と言うと、TBを寄こしはじめる、ねちねちと「コメント欄が無いくせにね~」と言うと、コメント欄を開放してみたりするわけですから。

【自分の行為に対する過剰な要求】

 たけど、そんなふうに「他人に言われてやった事」について、彼は過剰な見返りを期待する、というか要求する傾向があります。
 「自分がやらされた・自分にやらせた」あるいは「自分がやってやった・自分にやってもらった」という意識が強いんでしょうね。


【TB事件】

 アレだけ自分で騒いでおいて、結局うやむやにしやがった...おっと、うやむやになさった、当ブログに対する「TBの返事が来ない」クレーム事件。
 そもそもそんな事を騒ぎ立てる神経がまず信じられないけど、さらに自分がTB送信に失敗していた期間まで「返事が来ない期間」に算入する異常さ。そして、自分で確認すべき事をしていないのに、私が彼からのTBを抹消したかのような嫌疑をかけるまでに至ります。

 この件でさんざん私に貶され、私に対しては口をつぐんだけれど
 その際に生じた、TBというツールに対する過剰な重み付けは変わらず
 他の人に対して
 「TBを送っているので読んでいるはずですが、何故か返事がいただけません」
 等と言い続けているようです。

 そんなABOFAN氏に対し、TAKESANさんも揶揄に使っているし
 私も「嫌味」として、事あるごとにTBを送っていますが
 まだ、自分のそんな発言のバカバカしさにお気づきでは無いようですケド

 コメント欄についても、きっと過剰な思い入れしてますよ
 そのうち、下のどちらかをと言いはじめる、に10カノッサ(古い)
 「コメント欄が有るのに反論が書かれないようですので、異論が無いものと判断します」
 「コメント欄を作ってやったのに、書き込まないなんて不誠実だ」


【主観的事実が起点であり終点】

 おそらく、彼には「自分がやった」という主観的な”事実”のみが至上のもので、その彼の主観的な”事実”が、他人に同じ事実として認識されるか、同様の価値として認識されるか、というところまで頭が回らないのだと考えられます。

 それは、様々な場面にも現れていて、「自分が正しいと思った」という主観的な感情の生起こそ至上のものになっているかのような振る舞いが多々見えます

 「自分が正しいと思った」事は、他者も同じように「正しいと認める」のが当然、というところから始まってしまっているから、自分の正しさを認めない奴の事を、一方的に「正しいと認めない奴は、知識が足りないか、わざと嘘をついている」と思い込む。

 あえて説明の要求にこたえる場合においても、「自分が正しいと思った」元になる文章を解説も無しにそのまま引用して読ませれば、他者も同様に「正しいと認める」のが当然、と考えるから、それで自分の正しさを認めない奴の事を...(以下、上の文と同じ)

 何より「自分が正しいと思った」所が、始まりであり結論となってしまっているから、「客観的に正しいと言えるのか」は疑わない。
 自分で疑ってないから、「正しいのか?」という疑問を持っている人に対して何を説明していいのか分からない。
 そんなだから、他人をいつまでたっても説得できない。

 結局、ABOFAN氏は安易な繰り返しをするしか手が無くなる。
 念のため、改めて説明すれば....
 そこに登場する文章は、前に言っていた事とほぼ同じ。
 だったら、同情でもしてもらわない限り、状況は変わるわけありません。

 だけど、その状況でABOFAN氏はきっとこう思っています。
 「自分なりに一生懸命やっているから悪くない、説得されない他人が悪い」

 ...どんなに一生懸命やっても空回りでは、他人には伝わりません。
 何より「一生懸命さ」や「同情」が主張の価値を決めるのであれば、議論に論理は要りません。


【説明できないしわ寄せは他人に】

 そして、「正しさ」を疑わないABOFAN氏には、実は「正しい理由」がよく分からない。
 だから、いろいろ問い質されても、説明できない。
 でも、『説明できないのに正しいと思うはずはない』という変な思い込みだけが優先しちゃう。

 だから『説明できないのではなく、説明の必要が無いのだ』に摩り替えて
  「話が長くなるので勘弁」とか「○○の入門書を読んでください」と言ってみたり

 「説明できないのは、聞き方が悪いから」に摩り替えて
 「命題の形式でないので」とか「具体的でないので」と言ってみたりする

 そんな中、一番のお気に入りはきっと『○○と同じです』でしょう。
 言い逃れとしては、一番「何かを言っている風」だから。

 でも所詮それは、自分の意見が言えない小学生レベルの言い訳
 大人の議論の世界では、「何が、何故、どのように」同じと言えるのか
 自分で説明できなければ言い逃れにもなりません。


【それは知ってました】

 こういった言動を常々見てきましたから、ABOFAN氏が「自分の主張における方法や論法の正しさには興味が無い」事は、彼自身が白状する前から推測していました。

 「自分の主張における方法や論法」が「正しい前提」でしか主張を発せない人間が、主張を発したいという動機ばかりを優先すれば、おのずと「ホントに正しいか」という部分は(興味が無いというよりもむしろ)「深く立ち入ってはいけない危険区域」になるわけですから。


【自分と他人の未分化】

 ちなみに、赤ちゃんは最初は「自分と他人」の区別がつかないそうです。
 また、自分が感じる世界が唯一無二と感じるそうです (だから、いないないばーは、赤ちゃんにとって本当に人が消えたり出たりしているように感じるもよう)。

 ABOFAN氏も「他人が自分で無い事」を良く分かっていない人なのではないでしょうか。
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コメント 3

トンデモブラウ

何が本当に正しいのか、が全く分かっていないのでしょう。
いや、分かっているけど、説明すると正しいと主張していたことが、実は全く幻想だったことが分かってしまうので、適当に端折って自説を展開している(のか?)と訳の分からない子供のごまかし方みたいになってしまって、各署でツッこまれてグダグダに・・・そのうち自分でも分からなくなった、イマココ的状況でしょうか。

>ABOFAN氏も「他人が自分で無い事」を良く分かっていない人なのではないでしょうか。

ここの部分がはぐらかしの原動力かもしれませんね。
批判している人が全く分かっていない、というのは常套句ですから。
ここだけ抜き出されると、騙される人も皆無ではないでしょう。
そんな人でもここのブログを読めば、すぐに呪縛から覚めて頬を赤らめるでしょうけど。
そろそろ目から鱗が落ちて、何か反論するかも。
by トンデモブラウ (2008-10-30 13:15) 

山形ミクラス

とても納得できるご意見です。
目から鱗が落ちたようです(笑)
by 山形ミクラス (2008-10-30 18:36) 

Judgement

ABOFAN氏については、ちょいちょい「ネタ説」が飛び出てきていますが、何度かいった気もしますが、私は「マジ説」を取ります。

そして、恐らく呪縛は解けません。

本棚の数々の本、苦労の結晶のHP、雑誌取材の栄光...
もう人生半ばを過ぎたであろう彼の、『自分の価値』。

あとは、「でも、可能性は有る」、「でも、正しいかもしれない」、「でも、おかしいと思う」
と、”誰かがまともな研究で肯定的結果を導くまで”
「でも」と言い続ければ、その『自分の価値』を自分で否定しなくて済むわけですから。


それにいちいち付き合わないで済む他人である事に感謝

by Judgement (2008-11-15 23:09) 

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