So-net無料ブログ作成

その看板は必要か? [嘘と社会規範]

 さて、前回の記事の続きですが...と言いたいところだけど、なんだか前々回、さほど問題として捉えていなかった「おまけ」に対し、何故かやけに食いつきがいい。
 そこまで言うなら私もとことんこだわって考えてみたら、意外な事が判明。今回はその話。


【はじめに】
 
 正直なところ「『ウソはいけない』という、より一般的な倫理的価値基準」という言葉を聞いた時、「何て素朴な物言いなんだろう」と思った。で、そんなあまりにも素朴な事を、自分らの大切な概念の軸に置いてしまって、大丈夫なのかなと懸念した私であった。

 ところで、どうも、批判的に書くと、「敵対者」のステレオタイプに嵌められて解釈されてしまう傾向があるみたいだから念のため冒頭で言っておく。

 別に、「ニセ科学を批判するのはダメだ」と言いたいわけでもないんだよ。
 「ニセ科学のような騙しは社会的に悪影響を与える」事にも異議を唱えない(というか、それは大いに賛同する)。
 あと、「規範に意味がない」なんて事も言っていないよ(「一般的」という言葉で何かを説明した気になるのは意味が無い、ってな事は言ったけどね)。
 
 では、何が問題なのか、それを3つの観点から説明してみる


【定義の中身としての問題】

 「SFの擬似科学が人を騙すのと、ニセ科学が人を騙すのは、全く別」という話や、「善意から出た個人間の嘘なんてのは、社会規範の問題というよりも文学で取り扱う主題」という話なんかは、「こっちの『騙し』は社会規範の枠外に出しました。残った『騙し』が社会規範です」と言っているようなもの。
 聞かされる側としては、『「人を騙してはいけない」は社会規範であったりなかったりする』事を認めているようににしか読めない。

 結論を決めちゃっているから、かえって上手く説明ができず堂々巡りしている感じだ。

  『規範に抵触する「騙し」と抵触しない「騙し」がある』
 って事を了解しているなら
 「って事は、『騙しダメ』が自体が規範なんじゃなく、『騙し』の良否を判断する基準そのものが本当の規範なんだろう」
 と考える方がシンプルだと思うのだけれども...。

 それこそ、『他人の行為への信頼を前提にして回っている社会を壊すのはまずい』とか、「金銭的・肉体的損失を生むようなのはいけない」とか、色々考えられるだろう(というか、そう考えているはずだ)。

 「それをちゃんと説明しているじゃないか」
 と言うかも知れないが、私が問題にしたいのは、考えてもいなかったならまだしも、『そこまで深くフォーカスを当てたにもかかわらず、何故結論を「人を騙してはいけない」というところに視点を戻して止めてしまうのか』って事。


『「人を騙してはいけない」という規範の意味は、人を騙すことによって、他人の行為への信頼を前提にして回っている社会を壊すからまずいという意味である。』
 というのを読めば、「人を騙してはいけない」にどんな気持ちを込めようとしているかは分かる。
 だけど、「人を騙してはいけない」の文言だけで何の説明も無しに、そこまでの意図を読み取ることはほぼ不可能だ。

 補足説明をきちんと読まないのが悪い?
 いや、「補足説明が必須になるような言葉を定義に使うのが悪い」んじゃない?

 皆様には改めて言うまでも無い事だろうけど、“定義”とは、概念や用語の意味を明確に決めることだ。
 「ニセ科学」の定義に含めたいのであれば、言外に「思惑」をふんだんに盛り込んだ言葉をわざわざ使うのは、「科学らしからぬ」ものなのではないかなぁ?


【特定の価値観を押し付ける不寛容さが問題だ】
 
 それでも、自分がそれを社会規範として大切だと思う理由を蕩々と述べる人はまだいいのである。
 あくまで撤回はしたくないみたいだけど、言いたい事は別にあるのだな、と察してあげてもいい。

 でも中には、『「人を騙してはいけない」は社会規範』は正しい、という事を“前提”にして、それを自分は「分かっている人」、それを受け入れる事を「分かる事」、受け入れない事を「分かってない事」と決め付けた上で話を進めようとする輩がいる。

 まるで、「自分は規範を決定する神だ」的な態度。
 こういうのはハッキリ言ってヤバイ。

 これじゃぁ、「道徳」の決め付け、そして「個人の道徳感」への介入だよね。
 何より、そこに陥っちゃうと、「あ、こいつは『ウソ』をついているから悪だ、よし徹底的に批判してやれ」とか安易な「善か悪か」の二分法で考えるようになっちゃうんじゃないかな(しかも自分は無条件で”善”の立場って事にして)。

 それって、外から見れば
「なんか自分の理想を絶対無二としたタチの悪い市民運動みたいね」
 という悪評の元になりかねない。
 共に批判している人の獅子身中の虫、とも言えるでしょう。


【戦略上不要、というか邪魔?】

 「水伝」なんてのは、「道徳の仮面」をかぶらせた『波動ビジネスの尖兵』と私は捉えているんだけど、この人達、最終的に「ウソも方便」に逃げ込みそうだよね(ってもうそうなっているのか?)。
 例えば、そういう人達に対し『「人を騙してはいけない」は社会規範』を掲げる「ニセ科学派」はどう対抗するのだろう。
 ※ 「ニセ科学派」=菊地先生の「ニセ科学」という概念に賛同する人(以下同)

 科学的な検証は全て終え、残るは「ウソも方便」という言い訳だけになった時、『「人を騙してはいけない」は社会規範』を言う立場上、それを否定しなければならないよね。
 でも、真っ向からぶつかるように見えて、実際は「ウソも方便」と「ウソはいけない」では、ベクトルが180度違うからぶつかりようがない。
 そうなると、端からは単に、道徳観の違いを言い争っているしか見えない。

 かといって、「水伝のウソは『ウソも方便』とは言えない」って事は言っちゃあいけないよね(言っているかもしれないけど)。
 だって、『「ウソはいけない」は社会規範』と言う以上、「そのウソがいいかどうか」じゃなくて「それがウソかどうか」で評価しなくてはならないはずだもの。そうでなければ、「社会規範」云々は単なるお題目で、言っている事とやっている事が違う、という事になっちゃう。

 でも実際は、「水伝のウソは方便とは言えない」というアプローチは有益なわけだよね。
 でも、そういう論法を使いたいからこそ、『「ウソはいけない」は社会規範』なんて御旗を掲げちゃうと、かえって邪魔よね、って事。


【何故必要なの?】

 「ニセ科学に対する批判」が社会の役にたつ、というのを認めた上で言うんだけど、それを殊更正当化する説明が定義に必要なのか、という事が疑問。

 しかも「一般的な倫理的価値基準」とか「社会規範」といった、言っている本人の主観でどうにでも説明でき、そして価値観の押し付けに見えるかもしれない”キワどいもの“であるというのは、より深い説明をしているようで、実際は「蛇足」でしょ。

 その上そこまで大風呂敷を広げておきながら、述べるのは「人を騙してはいけない」とか「ウソをついてはいけない」とか、あまりにもザックリしたもので、そこを指摘されると、色々と補足説明をする必要が出てくる代物。


 「いや、それは今まで議論していて、説明も既にしている」と言う事なのだろうけれど、そうであれば議論の中で「その表現では紛れが多い」とか、そんなあやふやなものを「ニセ科学」の“定義”に含める事は「問題の曖昧化」しか生まない、とかいう意見は出なかったのだろうか?

 部内向けにはそれでもいいのかもしれないけれど、対外的には「言葉足らずの印象」や「あたかも道徳を決定するような傲慢さの印象」を与えるリスクを抱えながら、それでも『「人を騙してはいけない」は社会規範』を定義に含め、言い続けるメリットはどこにあるのだろうか?

 もし、再びコメントがいただけるのであれば、
 『「人を騙してはいけない」が社会規範である理由』ではなく
 『「人を騙してはいけない」は社会規範』を「ニセ科学」の定義にどうしても含めなくてはならない理由が知りたい。


【「信じぬ者は救われる」】

 色々なコメントをいただき、自分でも色々考えた上で
 ふと、「信じぬ者は救われる」を読み返して「アレっ」って思った。
 
 この本を読む限りにおいて、菊池誠先生は「ニセ科学」を通して、「疑う事」を学んでもらおうとしているのではないのかな?

 となると、いわゆる「ニセ科学派」の理念である『他人の行為への信頼を前提にして回っている社会を壊すからまずい』とはまるで違う話になる。

 むしろ『他人の行為への信頼を前提にしていては損をするかも』→『だから疑おう』
 という話を菊池先生はしているのではないのか?

 ...なんか、話が違うぞ。
 
 私は菊池先生の考え方の方が、『「人を騙してはいけない」という社会規範を前提にしよう』とでも言うような思想よりも、より現実的で説得力があると思う。
 この世に悪の種は尽きまじ。まずは防御だ。

 「騙す者は地獄に堕とせ」ではきりがない。「信じぬ者は救われる」なのだ。

 つまり(少なくとも本に書かれたような)菊池誠先生の示すベクトルと比べると、いわゆる「ニセ科学派」のベクトルって、実は違うのだ。

 ちょっとびっくり。
 今更気付いた自分の見識の浅さにもびっくり。


 「ニセ科学派」というのは、菊池誠先生の「ニセ科学」から派生した「ちょっと本家とは味付けの違う一派」であると捉えた方がいいかもしれない(例えは悪いが、「マルクス」から、「革マル」や「日本赤軍」が派生したようなもの)

 そのベクトルの違いが最も影響するのは「騙されつつ、それを広める人」。
 いわゆるビリーバー

 菊池誠先生は本では「悩ましい問題」と保留しているけれど、「ニセ科学派」においては「そいつも不確かな事を広めた点では問題とする」ってなっちゃっているわけです。

 「騙されるのはソンですよ」と「騙すのは許さない」の違いを、やっている当人は自覚しないかもしれないけれど、外から見える印象は全く違うだろう。

「ニセ科学ってこんな損があるよ。いちいち教えないから自分で色々考えようね」
に対し
「ニセ科学はぶっ潰す。万一あなた達がニセ科学側に回れば容赦しないよ」
っていう感じ。

 
【最後に】

 「おまけ」と思っていた問題を考えてみたら、問題にしたい箇所への到達へのショートカットができちゃった、って感じ。
 それはどういう事かといえば...

 とここまで書いて、今日はこの辺で。
nice!(0)  コメント(37)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学問

nice! 0

コメント 37

トンデモブラウ

>『「人を騙してはいけない」は社会規範』を「ニセ科学」の定義にどうしても含めなくてはならない理由

というのは、ないんじゃないでしょうか。
水伝やホメオパシーを信じて第三者にも広める人というのは、「人を騙す」ことに無頓着というか自分が騙されていることも疑っていないある意味純粋な人なので、「元ネタってウソなんですよ。」というのと同時に「ウソをひろめるのはどうだろうか?」と問題提起することで自省を促す、みたいな。
故意に騙すことより、自分で気付かずに人を欺いていた、という方が我に返った信者にとってインパクトがあるような感じもします。

>最終的に「ウソも方便」に逃げ込みそうだ

私の出会った手合いは、みんなここに落ち着きますけど。
そこでの説得は、『「人を騙してはいけない」は社会規範』というカードになるという費用対効果みたいなことになってしまうのだと思います。
基礎共通部分の説明みたいで完璧にやろうとすると、軽くホコロビがでるぐらいな難しい部分ですけど。

Judgementさんはわかりすぎてしまうあまり、私側の一般的な日本人の感覚がかえって鈍くなっている感じがします。
一般人って意外と・・・ですよ。(オレの周りだけ?)
by トンデモブラウ (2009-04-29 08:02) 

zorori

>私が問題にしたいのは、考えてもいなかったならまだしも、『そこまで深くフォーカスを当てたにもかかわらず、何故結論を「人を騙してはいけない」というところに視点を戻して止めてしまうのか』って事。

面倒だからではないでしょうか。ニセ科学批判という場面では、道徳の起源までさかのぼって説明する必要はないと思います。それでは納得できないという哲学的議論になったらその時考えればよいでしょう。普通は、「人を騙してはいけない」は定理みたいに使われていると思います。一々、その証明まで説明していたら、改めて「定理」としてまとめる必要もないかと。道徳とは大抵そんなものではないでしょうか。


>だけど、「人を騙してはいけない」の文言だけで何の説明も無しに、そこまでの意図を読み取ることはほぼ不可能だ。

キリスト教の方は、少し違う考え方をするかもしれませんが、「人を騙してはいけない」という道徳は社会的観点から出てきていると多くの日本人は考えているように思います。いや、キリスト教徒だってキリスト教社会からの要請であることでは同じではないかと。異なる文化的背景から、同じ道徳規範に達することもあり得るかもしれませんが、そんなレベルの議論とニセ科学批判のレベルは相当違うような気がします。


>これじゃぁ、「道徳」の決め付け、そして「個人の道徳感」への介入だよね。

上記のように、「道徳」は社会から押し付けられるものだと私は考えています。「個人の道徳観」というのは言語矛盾ではないでしょうか。仮に社会から孤立して一人で生活していくなら「道徳」など必要ではないでしょう。例えば、有る人が自分が属さない社会から狩猟する生活をしているなら、その社会構成員に嘘をつくのは有力な生活の知恵です。しかし、自分が属している社会の構成員に嘘をつくのは悪いこととされているんじゃないでしょうか。戦争状態の国は別社会でもあるし、国際法に従うという点では同じ国際社会に属しているというややこしい面もありますが。ニセ科学の議論は同じ社会に属しているという前提があると思います。

>でも、そういう論法を使いたいからこそ、『「ウソはいけない」は社会規範』なんて御旗を掲げちゃうと、かえって邪魔よね、って事。

例えば、「麻薬はいけない」なんて御旗を揚げちゃうと、鎮痛剤としてもモルヒネの使用に邪魔になるということになるほど、人間は融通が利かないとは思えないのですが。確かに理屈はおっしゃるとおりだと思います。いけないのは「ウソ」ではなくて「社会に害を与える」かと思います。それで「社会の害」には「ある状況での殺人」、「ある状況でのウソ」、「ある状況での盗み」、「ある状況での傷害」などがあります。実は別の状況では社会の害にはならないと多くの人が考えている「殺人」、「ウソ」、「盗み」、「傷害」などもあります。状況を判断できる程度の洞察力は人間にあると思うのですが。

by zorori (2009-04-29 08:08) 

apj

 何て言うか、本末転倒ですね。自分トコにも書いたのですけど、

---------------------
 なぜ「人を騙してはいけない」を規範にするべきかというと、人は万能ではないので、必ず誰かの行為を信頼して暮らしていて、それで社会が回っているからである。
(中略)
 人は騙してもいい、騙される方が悪いのだということになったら、各個人で、いちいち真偽を確認しなければならなくなって、判断のためのコストが跳ね上がることになる。それを怠ると、不当に財布の中身を奪われることになる。こんなことにならないためには、「人を騙してはいけない」という規範にみんなが従った方が良いだろう。
---------------------

 で、

> この本を読む限りにおいて、菊池誠先生は「ニセ科学」を通して、「疑う事」を学んでもらおうとしているのではないのかな?

> むしろ『他人の行為への信頼を前提にしていては損をするかも』→『だから疑おう』
> という話を菊池先生はしているのではないのか?

 「疑う」の範囲を決めないと話がわからなくなりますよね。単純に、今正しいとされていることを疑ってもっと深くあれこれ調べた結果新発見につながった、という場合も「疑う」だし、嘘が蔓延していて信じると損をする社会的状況にあるから自衛のために、という場合も「疑う」。
 「疑う」に前者の効能があることは確かですが、後者の「疑う」は、既に嘘が社会に溢れている場合の対症療法ですよね。
 ただ、対症療法だけで良いとする理由も無いので、「いや、やっぱり騙すのはよくないよ」というのを共通認識にすることも意味があるでしょう。嘘をつきにくい社会にすれば、騙す(ことに荷担する)人も減るでしょうし。


> 『「人を騙してはいけない」は社会規範』を「ニセ科学」の定義にどうしても含めなくてはならない理由が知りたい。

 問いの立て方が違っている気がするんだけど。
これについては、私は次のように考えています。
---------------------------
 じゃあ、なぜ「ニセ科学」という括りを設けたのかというと、他の騙しについては既に別の括りで名前がつけられ社会的対応がなされていたけど、科学を騙った嘘についてはたまたま残っていたからではないか。産地偽装、消費期限偽装、耐震強度偽装等々と呼ぶよりはやや広い括りで、しかしこれらと並記される位置に、「ニセ科学」があるのだろう。
---------------------------

 度が過ぎると薬事法にひっかかったり、景表法や特商法にひっかかることになるんだけど、そのハードルを越えない騙しはたくさんある。また、全ての騙しを全部法的に処理できるわけでもない。しかも、ハードルを越えたということは少なからぬ被害が既に発生しているということを意味する。注意喚起で対策が済むならその方が良いんだけど、現実には、「道徳の押しつけ」などと言いつつ不当な金儲けを容認する人がたくさんいるせいで、なかなか大変だから、自衛策も含めて考えようね、といったあたりじゃないかと。

by apj (2009-04-29 12:13) 

apj

トンデモブラウさん、

>故意に騙すことより、自分で気付かずに人を欺いていた、という方が我に返った信者にとってインパクトがあるような感じもします。

 ってか、インパクトで済むなら安いですよね。誤解していた人にとっては。

 例えば、ニセ科学宣伝している商品の効果を信じて販売者側に回ったら(マルチ商法なんかで、小金を稼げると誘われた、なんてのが頻出パターン)、事業者としての注意義務を自動的に課されることになっているので、あとで被害発生の責任を問われた場合に「本当だと信じて善意で売りました」が裁判所では通用しないかも。

 Judgementさんの議論って、現実の被害や加害に連続的につながっている問題について、深刻なことになる前に議論やら指摘やらで何とかできる分は何とかしようという話をしているのに、その議論や指摘の部分だけを取り出して何か重大なことのように誤認させるように誘導しているように見えますね。現実の社会を見てないというか。


 二、三日前に、「クラスターの小さい水でガンが治る」という話の判断に困った方からの相談メールが来ました。ご主人がガン患者だったそうで、再発防止に心を砕いているご家族の方からの相談です。お値段の方はどう見てもぼったくり価格です。今、返事を書いてるところです。
 また、家族や本人がガンになったと周囲に広まった途端、有象無象が怪しい健康食品を善意で薦めに来るというのもよくあるパターンです。困惑した方が私のところにメールで質問、というのも時々あるんですね。
 もちろん、宣伝がニセだということを指摘した上で励ましのメールを出したりするわけですが、ついでに、消費者センターに一報入れてくださいとか、公取にメール入れて下さいとか、お願いをすることがあります。こんなインチキが広まってます、という情報が然るべき場所に集まっていれば、大被害になる前に対処できることだってあるわけで、そのことも説明してお願いすることもあります。

 被害発生済みとか、被害発生直前のあたりで、消費者側の立場で対策をやっている立場からすると、「何故結論を「人を騙してはいけない」というところに視点を戻して止めてしまうのか」などという疑問は戯言にしか見えませんね。
 もう少し絞り込むなら、「取引における信義誠実」の保障という社会法益があるから、といった議論も出てくるでしょうけども。


 あと、きくちさんの立ち位置と私の立ち位置は相当違うので、別物に見えたとしても、まあそんなものでしょう。考えている問題の相当な部分は重なっているだろうとは思いますが、対策をやっている「場所(社会における場所とかその他もろもろ)」は離れているし、手法もひょっとしたら違うんですよ。私は司法判断が関わってくるような領域に近いところでやってますから。
by apj (2009-04-29 12:48) 

apj

 ということで、
「不当表示・不実告知・ニセ科学」
http://www.cml-office.org/archive/?logid=350
をまとめました。
 「ニセ科学」という括り使って現実の被害に対応するという立場からは、この程度の位置づけなり内容なり背景なりを含んでいてくれないと「ニセ科学」という括りが使い物にならない、というものを出したつもりです。ユーザーが作った要求仕様、みたいな。消費生活センターに持ち込まれるようなネタは将来にわたってカバーしてくれないと困る。

 この先、議論によってより洗練された定義が出てくるかもしれませんが、列挙した内容くらいは含んでいてもらいたいなぁ、と。科学哲学方面からあれこれ議論するのは自由ですが、対応しなきゃいけない現実と乖離した結論を出された場合には、その結論は使えないので捨てるしかないですね。
by apj (2009-04-30 10:30) 

lets_skeptic

 菊池さんと天羽さんのスタンスは、Judgementさんの言うとおり違います。私も何度か(コメントとかで)書いてます。どうしても「ニセ科学批判」という文脈ではひと括りにされやすいので、スタンスも一致していると捉えられやすいんですよね。

(エントリでもちょっと触れてました↓)
http://d.hatena.ne.jp/lets_skeptic/20081126/p1
by lets_skeptic (2009-04-30 10:53) 

トンデモブラウ

apjさん

まだすれ違っている感じがします。

Judgmentさんの
> 「SFの擬似科学が人を騙すのと、ニセ科学が人を騙すのは、全く別」という話や・・・「こっちの『騙し』は社会規範の枠外に出しました。残った『騙し』が社会規範です」と言っているようなもの。
>聞かされる側としては、『「人を騙してはいけない」は社会規範であったりなかったりする』事を認めているようににしか読めない。

をすっとばしていません?
騙されて被害者が発生しているケースだけに限定するのは、ここでの議論では横道じゃないかなぁ。
騙している(あるいは抜けきっていない騙されている人)は、Judgementさんの示したグレー・ゾーンに逃げ隠れしているので、そういう意味での限定的な社会規範は説得材料にならないんじゃないでしょうか。(とJudgementさんはおっしゃているのかと。)

ちなみに私はニセ科学一派というかきくち信者なので、反Judgment的なベクトルを持つ一般人ですけど、みたいなぁ~。
by トンデモブラウ (2009-04-30 19:12) 

disraff

釈然としないんですが、SFの疑似科学というか空想科学って人を「騙して」ますかね?
マジシャンのトリックは確かに「人の目を欺く」とは言いますが、普通の言語感覚的に「騙して」るとは言わないんじゃないでしょうか。同じトリックでも「降霊術」と称すると、それは詐欺だろうと思いますけれども。

Judgementさん流に言えば、自身が希代の奇術師でありながら“本物の降霊術”を希求してニセ物のトリックを暴きまくったフーディーニは自己矛盾の極みと言う事になりますが、そうなんでしょうか?
by disraff (2009-04-30 21:28) 

トンデモブラウ

disraffさん

フーディーニが『「人を騙してはいけない」は社会規範』で、“本物の降霊術”と称する「ニセ奇術」批判をしたら、同じツボにはまりますよ、ということではないでしょうか。

対処療法的に正しい奇術目線で、ネタばらしする(“本物の降霊術”と称する「ニセ奇術」は普通の「奇術」で“本物の降霊術”ではありません、と暴く)のはOK。
フーディーニが「ニセ奇術」を社会規範を逸脱する行為として憎むのもOK。

という理解でいいのだろうか?
というか、私が答えていいのか???
by トンデモブラウ (2009-04-30 22:12) 

Judgement

トンデモブラウさん、OKで~す
すごいね、あんたは私か。

disraffさんのお話は
Judgement流に言えば、フーディーニは(ランディは、でも可)
社会規範に抵触しない「騙し」
ニセ降霊術師は、社会規範に抵触する「騙し」
つまり、「騙し」自体が社会規範違反ではなく、
別のレベルの社会規範で「騙し」が判断されると考える事により
同じ「騙し」をする身であっても
フーディーニはニセ降霊術師を「社会規範に反する」と批判できるわけ。

むしろ、自己矛盾になるのは
apjさんのように「『騙し』は社会規範違反」としてしまった場合ですね。

ちなみに、何を”普通の”言語感覚的というのか知りませんが
マジシャンの立場から言えば、「騙す」って言いますね。
(というか、”トリック”って他に何と訳せば...)
他にも「騙し絵」っても言いますしね。

まぁ、他にも色々な反応があるようですが
それについてはちゃんとゆっくり考えてから書きまする。
by Judgement (2009-04-30 23:10) 

disraff

うーん、解説いただきましたが、わかりません。
口上(はない場合もあるけれど)はどうであれ「タネも仕掛けもある」って観客と術師の間で了解が成立した上でのショーも、「霊を降ろしています」と偽ってダミーでラップ現象だのを見せるのも、言葉の上では同じ「騙し」と言えるから「騙すな」を社会規範にするとどちらもアウト…ですか。

なーんか、僕には、文脈無視しないと成り立たない言葉遊びにしか見えませんが…。
そこからどう有意義な議論ができるのか、お手並み拝見ということで。

# ちなみに「対“処”療法」ではなく「対“症”療法」ですね。
by disraff (2009-04-30 23:32) 

PseuDoctor

こんばんは。
私にはJさんが何を問題にしたいのか良く解りません。
メタな話をしたいだけなのでしょうか?

とりあえず、明らかに異論のある部分だけ述べておきます。

> 『「人を騙してはいけない」は社会規範』を「ニセ科学」の定義にどうしても含めなくてはならない理由が知りたい。

そんな理由なんかありません。

何故なら「ニセ科学の定義自体には社会規範は含まれていない」というのが私の考えだからです。
「ニセ科学はウソ」までが定義であり「ウソはいけない」が社会規範ですね。社会規範はニセ科学を批判する動機の中で最も重要なものの一つですが、定義そのものではありません。
仮に「騙してはいけない」の代わりに「騙しても良い」を置いたとしても「ニセ科学は騙しである」という定義には変わりありませんよね。

「まとめWiki」の中でも最初からそこは区別して書いているつもりですが。


>菊池誠先生は「ニセ科学」を通して、「疑う事」を学んでもらおうとしているのではないのかな?

そう思います。そしてそれは「騙すなかれ」と矛盾するものではないのですよ。
何故なら「騙してはいけない」とわざわざ言わなければならないのは、現実に騙す人がいるからです。
誰もウソをつかない社会では「騙すな」なんて言う必要は無いですよね。そして「疑う」必要も無い訳です。

つまり「騙すな」も「疑え」も「他人の行為への信頼」が揺らいでおり、それに対して何とかしなければという共通の問題意識から発しており、ただ対策のアプローチが違っているだけだと私は理解しています。
by PseuDoctor (2009-05-01 01:22) 

zorori

私が思うに「○○は社会規範として悪い」に無条件で当てはまる単語「○○」は存在しないと思います。

もちろん、「○○とは・・・・・・・・・。」と定義したりするのは無条件とはみなしません。

ウソが許される場面はいくらでも考えられます。競技におけるフェイント、将棋のハメ手、瀕死の人へのなぐさめ、子供の教育。これらは、騙してもよい相手は敵という設定であったり、対等な立場の仲間ではない場合で・・・・。

とかなんとか、深く考察するのは興味深いこととは思いますが、「ニセ科学批判」との関連で考慮する意味がどこにあるのか、よくわからないのですね。

子供のころ、カレーライスを食べていたら、母親がスプーンの使い方を注意しました。マナーの教育です。しかし、反抗期の私は、「カレーの本場インドでは手で食べるのだ。」と反論して母親を怒らせてしまいました。なんか、そんな感じがします。
by zorori (2009-05-01 07:24) 

bandicoot

zorori さんのカレーのたとえ話、便乗させてください。
非常にわかりやすく感じたので。

>子供のころ、カレーライスを食べていたら
この部分のスプーンの使い方が「ニセ科学」ですよね。

>母親がスプーンの使い方を注意しました。
ここが「ニセ科学批判」。でその趣旨は「マナー違反だ。」ということ。

>カレーの本場インドでは手で食べるのだ。
ここは「ニセ科学批判批判」の失敗例のひとつ。血液型性格判断やホメオパシーのビリーバーを相手にする感じでしょうか。議論の焦点があっていない。

そしてお母さんは怒ってしまうのです。まったくこの子はマナーのことをわかっていない、と。


ここで別のテーブルでカレーを食べていたJudgementさんの登場です。
「他のテーブルにもたくさん人がいます。他の方の目も気にされては?」
 ここが「言論の世界」ネタ。家族だけで食べてるのではなく、もしくはマナー講座のメンバーだけとかではなく、レストランにいるのなら、隣のテーブルとはいえ、口挟ませてください、と。

で、今のJudgementさんの口の挟み方が
「そもそもマナーっていうのは・・・」
みたいな方向にいってる気がします。
自分はマナーに従ってカレーを食べてるのにもかかわらず。それではマナーの専門家のお母さんには気持ちは伝わらないと思います。マナーをわかってて、そのうえで難癖つけるために難癖つけてると思われるかもしれません。

「そもそも『ニセ科学』の定義とは」
というのは、本当にJudgementさんがあえて口を挟もうと考えていた論点のひとつだったんでしょうか、少しずつ、ずれていってはいませんか?
というか、イノセント最初に「ニセ科学批判」の何を、何で知りたいのかが有る程度明確になりました」と書かれていますが、その前記事の段階にもどっていませんか?


ちなみにイノセントで書かれた印象操作案でをこの例えに入れ込むと。
「カレーを変な食べ方してごめんなさい、わーーん(号泣)もうしません、ごめんなさい、わーん(号泣)」でお店じゅうに泣き声を響き渡らせるっていう感じでしょうか。

by bandicoot (2009-05-01 12:28) 

disraff

>bandicootさん
えと。それはつまり、子供がヘンなカレーの食べ方をすることよりも、泣き声を響き渡らせる方がレストランにとってはよほど迷惑だ、という話でしょうか。

by disraff (2009-05-01 16:21) 

bandicoot

disraff さん

Judgementさんは、「言論の世界にとって迷惑だ」とは言ってませんよね、

泣いてる子がもしずるい子だったら
(ニセ科学批判に重大なダメージを与えるつもりなら、の部分)

泣き声を響き渡らせ
(目に付くところにこう掲載する、の部分)

周りのテーブルの人から自分に同情を、非難の目を自分のまわりに向けることができるんじゃないか。ってことですよね。

前記事のTBでの謝罪表明は他のテーブルまでなきながら謝りにいく、って感じかもしれません。
カレーの話を当てはめるとこんな感じかな、っていう話です。

まあ、上のコメントのこの部分は余談だったのでこんなもんでいいでしょうか。
問いかけ部分が本文なのです。


ついでなんで、前の記事での、僕のコメントもカレー話に入れてみますね。
「すんません、その子のとなりで『じゃあ、お前も手で食えよー』とか『怒られてなみだ目~』とか騒いでる子達にも、ぴしゃりと言ってあげてください、おかあさん。これじゃさらに他のテーブルのお客さんに眉をひそめられますよ」
と言ったつもりです。

というのはぼくも、ニセ科学批判派のつもりですので。自分のいるテーブルがそう見られるのがいやだったんですよ。


でも、apjのご意見を聞くことができて、少し見方がかわりました。まあこれも、けんぶつにさん風にいうと「③”ああ、”等と独り合点した挙句に話を拡げ」ということになるかもしれませんが。
というのも、実はzorori さんは一言もレストランとおっしゃってないのですが、ぼくの中でこのカレーの話はファミレスほども大きくないくらいのレストランのイメージでした。そして少し大きめのテーブル。だから野次を飛ばしている子も目に入るし、他のテーブルも気になる。
でも、実際にapjさんが席についているテーブルは200人掛けとかそんなおっきさで、いちいちぴしゃりとやってる暇は無い。
「本筋とは直接関係のない「頭を冷やせ」書き込みに対してまで応答すると、ますます本筋が見えにくくなるので、議論のテクニック上スルーしておく
(apj さん2009-04-27 22:37)」のも、それは仕方ないかも。と思いました。
だって、自分がカレーを食べる時間なくなりますもんね。

もちろん本音を言えば、apjさんに、ぴしゃりとやってほしいところですが。
そのほうが、言われたほうも、初対面の人間にいわれるよりも、apjさんとか身内のすごい人に言われたほうが「少し大人気なかったですね。訂正します。」とか言いやすくないですか?
それに相手にだけより、相手にも身内にも厳しくしてるのが見えるほうが、第三者に好印象あたえると思うんですよ。だから「そんな言い方ないだろう」ではなく「誰かいさめてくれませんか」になったわけです。


ブログ主さま、みなさま、カレー話に妙に燃えてしまって、すいません。
by bandicoot (2009-05-02 00:13) 

disraff

Judgementさんの意図はわかりませんが。
どちらかというと、bandicootさんのその例え方を見て、「なんとも平和なことだなぁ」と思った次第です。そもそも「レストランで子供がおかしな食べ方をしている」程度の事になら、「マナーの専門家」がわざわざ口を出したりはしないだろうと思いますけどね。

by disraff (2009-05-02 00:55) 

Judgement

apjさんや、技術開発者さんのコメントについては色々言いたい事はあるのだけど
それは後日まとめる事にして、先にこちらへのお返事を。


【zororiさん】
「面倒だから」は一理有りますが、そこで手を抜いた分、正確な意図を捉えるためのコストが上がる。それを「ちゃんとよめ」となると、手抜きのコストを読み手に負担させる事になるのでは、とも思う。

>普通は、「人を騙してはいけない」は定理みたいに使われていると思います。
 「実はそれが定理になり得なさそうだ」という事は多分zororiさん自身理解していらっしゃるでしょう。その上で「でも面倒だからそういうことにする」というのであれば、それはそれで、私はひとつの解決策と思います。
 その辺の経緯を自認しているかいないかで、「ほんとに定理なの」と素朴に問われた時の反応は180度変わるでしょうし。

>上記のように、「道徳」は社会から押し付けられるものだと私は考えています。
そういう考えも、アリだと思いますよ。

>状況を判断できる程度の洞察力は人間にあると思うのですが。
同感。そして、その洞察力こそが私は「個人の道徳観」だと思います。
(まぁ、言葉自体は私の造語だけど)
そして、状況判断的に「ウソ」が評価されているのが実際だからこそ
『「ウソはいけない」は社会規範』という”通り一遍的な”社会規範は成立しないと考えます。


【lets_skepticさん】
はい。これはホント盲点でした。
というか、私的には「ニセ科学」という括りすら”実体が無い”ものになりそうな違いっぷりなんですが...

【disraffさん】
>うーん、解説いただきましたが、わかりません。
はぁ...まぁ、そうでしょうね...。
「Judgementさん流」と言いつつ、「apjさん流」の解釈で自己矛盾を引き出してしまったのですから。

>なーんか、僕には、文脈無視しないと成り立たない言葉遊びにしか見えませんが…。
懲りない所が面白いなぁ。
文脈によって、「騙し」が社会規範に反するかどうか変わる、って言っているのがわ・た・し。
むしろ、『「人を騙してはいけない」は社会規範』の方が、「騙し」の文脈を無視してを評価しているよね。

>そこからどう有意義な議論ができるのか、お手並み拝見ということで。
それは、『おまけ』に噛み付いてきた人に言ってね。
必死に言い繕うところを見ると、当人にはすごく大事な命題のようなんだけど
私も、何でそこに噛み付かなければいけないのか、さっぱり分からないので。


【PseuDoctorさん】
>何故なら「ニセ科学の定義自体には社会規範は含まれていない」というのが私の考えだからです。
>「ニセ科学はウソ」までが定義であり「ウソはいけない」が社会規範ですね。
>社会規範はニセ科学を批判する動機の中で最も重要なものの一つですが、
>定義そのものではありません。
>仮に「騙してはいけない」の代わりに「騙しても良い」を置いたとしても
>「ニセ科学は騙しである」という定義には変わりありませんよね。

『「ウソはいけない」が社会規範ですね』は異なる立場を取ってますが
”仮に”以下は全く異論ありません。

いや、私も何が癇に障ったのかわかりません....
別に、「メタな話をしたい」わけではなく、apjさんの、
『他人を騙してはいけないという規範』における
http://www.cml-office.org/archive/?logid=345
「ニセ科学の定義の中に、人を騙してはいけない、という規範が含まれている」
について、自分の考えを素直に述べただけで、あとはその反応に対応しているだけです。

>そう思います。そしてそれは「騙すなかれ」と矛盾するものではないのですよ。
私も矛盾では無いと思いますが、表裏一体でもないと思う。
なお、他のところでちらっと書きましたが
「他人の行為への信頼を前提にして回る社会」のために「騙すなかれ」と言う場合に
「騙された人が、結果として騙す」事例も、「違反」扱いしちゃうと、それは「疑わない事が悪い」と言うようなもの。
となると、「疑わない人」を守ろうとしているのか、罰しようとしているのか、妙なジレンマが発生しちゃいますね。

あと、ここからは本題とは別の全く個人的な意見として捉えて欲しいのですが
誰もウソをつかず、疑わない社会ってのは、後はもう先の無い停滞の世界だと思います。

まぁ、ウソと疑いばかりの世の中でも滅亡は早まるだけなので、好みの問題でしょうが。


【zorori さん】
多分、私の論旨は十分伝わってはいるようですね。ありがとう。

>深く考察するのは興味深いこととは思いますが
まぁ、ここは私のブログですので、基本的に私の興味の範囲でやらせてもらってます。

>「ニセ科学批判」との関連で考慮する意味がどこにあるのか、よくわからないのですね。
はい。私も、当初さほど意味が無いと思って『おまけ』にしたのですが
apjさんの反応から、「もしや、ここを考える事が重要なのか!?」と思いより深く考察した次第。

まぁ、zorori さんにはそのように見えているのかもしれませんが
母親が「カレーはスプーンを使って食べる決まりなの!」と言ったので
「カレーの本場インドでは手で食べるんだけどね。」とつぶやいたら
「インドでは手で食べるけど、カレーはスプーンを使って食べる決まりなの!」
と、言われて
「じゃぁ、決まってないじゃん」って思っている感じデス。


【bandicootさん】
>ここで別のテーブルでカレーを食べていたJudgementさんの登場です。
>「他のテーブルにもたくさん人がいます。他の方の目も気にされては?」
>ここが「言論の世界」ネタ。家族だけで食べてるのではなく、もしくはマナー講座のメンバーだけとか
>ではなく、レストランにいるのなら、隣のテーブルとはいえ、口挟ませてください、と。

ああ、そういう見方でもいいかもね。
マナーママが「スプーンのマナーはね!」と大声で注意し始めた時
「おいおい、公共の場で声張り上げるのもマナー違反だろ」って言う感じ。

>それではマナーの専門家のお母さんには気持ちは伝わらないと思います。
「スプーンのマナー」のみがマナーだと思っている人ならそうかもしれません。
なんというか、「スプーンのマナーの完璧さ」を誇るがゆえに
スプーン捌き以外の自分自身の行動を意識していない(イノセント)。
多分、そのような人はいくら「公共マナー」を説いても
「でも、スプーンマナーについては私が正しい!」の一点張りでは、話が通じない。

>そのうえで難癖つけるために難癖つけてると思われるかもしれません。
まぁ、これはえらく心外ですね。
そんなしょうもない事でこれだけエネルギーは使いませんよ。
でも、まぁ、そう思いたいならそれはそれでしょうがないかな。
「取れないブドウは、すっぱいブドウに違いない」的な考えは誰もが思わず陥ってしまう思考パターンですから。

>「そもそも『ニセ科学』の定義とは」というのは、本当にJudgementさんがあえて口を挟もうと考えて
>いた論点のひとつだったんでしょうか、少しずつ、ずれていってはいませんか?
これは、「ターゲットを明確にする」一環ですね。
ずれている、というか視野を広げてみた感じ。
いいじゃん、私のブログは私の思考経緯を書く場所なんだし。
そこを焦ってショートカットして結論だけ述べても
今度は「説明不足」扱いされるんだろうから。

それに、こういう事をやっておかなければやっておかないで
『「ニセ科学」を分かってない。だから話にならん』
と、言い出す人がいるよ、きっと。

>ブログ主さま、みなさま、カレー話に妙に燃えてしまって、すいません。

例えの後半は、ゴメン、よーわからん。
雰囲気的には私へのあてつけのような気がしますが...
変な食べ方していたのは、bandicootさんの例えでは「ニセ科学」でしたよね?
んんん、例えである分、対応するキャラがあっちゃこっちゃ入れ替わると意味が読み取れん。
批判したければしてもいいから、せめて分かるように言ってくれ。

>「本筋とは直接関係のない「頭を冷やせ」書き込みに対してまで応答すると、
>ますます本筋が見えにくくなるので、議論のテクニック上スルーしておく
>(apj さん2009-04-27 22:37)」のも、それは仕方ないかも。と思いました。
>だって、自分がカレーを食べる時間なくなりますもんね。

確かに。
「おまけ」への反応なんてスルーすればよかったのかな...。

>もちろん本音を言えば、apjさんに、ぴしゃりとやってほしいところですが。
これは正直私も思ってましたが...。
であれば、ここまでの反発も招くまい。
でも、「身内のすごい人」だからこそ、彼女自身については誰も何も言えないのかな、とも近頃思います。


【disraffさん】
>そもそも「レストランで子供がおかしな食べ方をしている」程度の事になら、
>「マナーの専門家」がわざわざ口を出したりはしないだろうと思いますけどね。
私もそう思います。
ただ、「Judgementさんの意図はわかりませんが。」
という人が、何故そのような事を突然思われるのかは分かりません。
by Judgement (2009-05-02 02:23) 

bandicoot

disraffさん

>Judgementさんの意図はわかりませんが。
そもそもJudgementさんに問いかけているんです。お気づきでなければ。
別にdisraffさんに聞いてるわけじゃないんですよ。


>「なんとも平和なことだなぁ」
あなたのコメントを見てると僕もそう思います。
イノセントの記事であなたが2009-04-18 00:09で質問したことにshunsokuさんが答えてくれてますが、無反応ですよね。深く議論をすすめることなしに。
そのあと、あなたとエディさんをネタにぼくはapjさんとコメントをかわしましたが、そのことには一切ふれず、触れたのは「悪意」という言葉は自分じゃないという部分だけ。
「悪意」じゃなかったね「ずるい」だったね、とさらにコメントをすすめても、無反応。議論を深めず。
この記事でも、(2009-05-01 16:21)のコメントで触れてる部分は、いままであなたが触れてなかった箇所ですよね。それについて返事を書いてもまったく触れず。
何事もなかったように「どちらかというと・・・」と、さらに僕のコメントの以前の部分についての質問に。
あなたは、この一連の記事にどんな問題意識をもってコメントを続けてるんです?横にばかり広がるコメントで。
 ほんと、なんとも平和なことだなぁ。


まさか、「今回のコメントには無反応だ」とか言い出さないですよね?いくらなんでも。

そろそろぼくも、本筋に関係ない書き込みはスルーしておくテクニックを覚えるときなのかな。

by bandicoot (2009-05-02 02:43) 

disraff

Judgementさん、
>「騙し」が文脈依存
…なんてことは当然ですよね。どんな単語だって文脈に依存します。
apjさんが「『人を騙してはいけない』は社会規範」と言う際の「騙し」は文脈無視、という解釈がどこから出て来たのか、率直に言って理解できません。その言が出て来た文脈はどこへうっちゃってしまったんですか?

>bandicootさん
別に、その話を深める必要性を感じなかったから反応しなかっただけです。apjさんとのやりとりにしても、僕が口を挟む筋合いではないと判断しました。エディさんがもしまだ読んでいるとすれば、反応しないのは同じ理由だと思います。ネタにされているから、という理由で容喙する人もいるかも知れませんけれど。

今回あなたの書き込みに反応したのは、「言論の世界」を「レストラン」、ニセ科学を「子供の悪いマナー」、批判を「注意」に準えるというのがあまりに感覚違うな、と思ったからです。もとのzororiさんの発言は「騙すな」を社会規範だ、と言ったら「騙すのだっていろいろで文脈依存だ」と言い返された、という謂での例えですから、その話をそこに持って行ったのはあなたの感覚ですよね。それはいくらなんでも、真剣に取り組んでいる人たちに対して失礼ではありませんか?

もしJudgementさんの感覚が同様なんでしたら、確かにたとえばapjさんとは話が噛み合わないだろうな、と思います。

by disraff (2009-05-02 10:05) 

apj

PseuDoctorさん、

>何故なら「ニセ科学の定義自体には社会規範は含まれていない」というのが私の考えだからです。

 うーん。私はこのあたりを少し曖昧にしていたようです。

>「ニセ科学はウソ」までが定義であり「ウソはいけない」が社会規範ですね。社会規範はニセ科学を批判する動機の中で最も重要なものの一つですが、定義そのものではありません。

 ニセ科学を問題にする理由には、社会規範が背景にあるけど、定義の方は確かにそこまでは含んでませんね。私の方が整理に手間取っていたようです。

>仮に「騙してはいけない」の代わりに「騙しても良い」を置いたとしても「ニセ科学は騙しである」という定義には変わりありませんよね。

 了解。

 そのうち、ニセ科学批判まとめ、の自分用バージョンでも書こうかと思っているので、その時に参考にさせていただきます。
by apj (2009-05-02 13:48) 

zorori

Judgementさん、

>同感。そして、その洞察力こそが私は「個人の道徳観」だと思います。
(まぁ、言葉自体は私の造語だけど)
そして、状況判断的に「ウソ」が評価されているのが実際だからこそ
『「ウソはいけない」は社会規範』という”通り一遍的な”社会規範は成立しないと考えます。

元々のエントリーで書いてある「個人の道徳観」というのは、尊重すべきもので他者が介入すべきものでは無いというような意味だと理解しました。私は、「道徳」とは社会からの押し付け(社会的合意と言った方がよいかも)なので、当然他者が介入するものだと考えました。ただ「ウソはいけない」というスローガン化された規範は文脈依存で無条件のものでは無いわけですね。そして、文脈もまた社会的合意だろうと思うわけです。なぜなら文脈を個人が自由に解釈してよいなら、その文脈での規範は社会的合意にならないからです。簡単にいえば「ウソはいけない」という規範が成り立つ文脈について社会的合意がなければ、そんな規範は無意味じゃないでしょうか。

それで、こういう抽象的な議論は注意が必要だと思うのです。具体的事例について規範が成り立つ文脈であるかどうかを見れば済む話なのに、抽象的に規範は文脈依存であるとだけ言ってもそれは当たり前のことを言っただけで話はなんら進展しないと思います。当たり前のことを言うだけなら良いのですが、文脈依存という理由だけで具体的文脈の規範が成り立たないとまで言えば間違いでしょう。私自身、マナーは文化依存であるという一般論だけ言って、現代日本の平均的日常生活という具体的文化でのマナーを否定した経験があるわけです。これはよく見かける極端な相対主義ではないかと思います。
(もちろん、Judgementさんが極端な相対主義者であるとは思っていません。、ニセ科学批判の文脈で「ウソはいけない」という規範が成り立たないと仰りたいのではなくて、一段さかのぼった規範で言えないのかということかと思います。私はそこまでさかのぼる必要はあまり感じていないという違いですかね。さかのぼって言うことが出来て、それが簡潔な表現ならそれに越したことはないと思います。)


by zorori (2009-05-02 15:08) 

PseuDoctor@出張先

こんにちは。

>Judgementさん
>『「ウソはいけない」が社会規範ですね』は異なる立場を取ってますが
>”仮に”以下は全く異論ありません。

「何が社会規範なのか」という議論であれば、それはそれで重要かと思いますが「ニセ科学の定義」とは別の論点になりますよね。

>別に、「メタな話をしたい」わけではなく、apjさんの、
>『他人を騙してはいけないという規範』における
http://www.cml-office.org/archive/?logid=345
>「ニセ科学の定義の中に、人を騙してはいけない、という規範が含まれている」
>について、自分の考えを素直に述べただけで、あとはその反応に対応しているだけです。

なるほど。
と言うことであれば、この件に関しては私もJudgementさんとほぼ同様の意見です(既にapjさんからもコメントがついていますね)。
但し、そうするとやっぱり、最初から批判対象を明確にしてくれていたらなぁ、と思ってしまいます。つまり「批判はなるべく個別具体的にしましょう」という事なんですよ。
ニセ科学を批判する人同士の間に、意見や態度の相違があるのは「当たり前」なのです。だからこそ「一派のようにみなす事は適当ではない」のです。
その事の良い例が、エントリ本文に書かれた

>つまり(少なくとも本に書かれたような)菊池誠先生の示すベクトルと比べると、いわゆる「ニセ科学派」のベクトルって、実は違うのだ。

です。繰り返しますが、違うのは当たり前なのです。だからこそ「一派ではない」と最初から述べている訳です。

>>そう思います。そしてそれは「騙すなかれ」と矛盾するものではないのですよ。
>私も矛盾では無いと思いますが、表裏一体でもないと思う。

そうですね。私も表裏一体ではないと思いますよ。一体だとすると、例えばきくちさんとapjさんの立場は同じという事になってしまいますから。

>「騙された人が、結果として騙す」事例も、「違反」扱いしちゃうと、それは「疑わない事が悪い」と言うようなもの。

ここは議論の余地がありますね。私は「動機は結果を免責しない(せいぜい情状酌量)」という立場です。結果が悪ければ、動機が良くても責められるのが普通です。その理由は幾つかありますが、最も解り易いのは「内心の動機は目に見えないが結果は目に見える」というものがあります。つまり判断は客観的に行うべきである、のを原則にしたい訳です。
ただ、この話をあまり突っ込んですると論点が拡散し過ぎてしまう気もするので、とりあえずはJudgementさんと私との間に意見の相違がある事を確認できただけでも、良しとすべきかとも思いますが。

>誰もウソをつかず、疑わない社会ってのは、後はもう先の無い停滞の世界だと思います。

うふふ、そこは同感ですよ。私はあくまで思考実験として極端な例を出しただけなので、そういう社会を目指したい訳でもないし、そういう社会が理想だと思っている訳でもありませんから。

>apjさん
ちょっと私自身まだ整理しきれていない部分もありますし、apjさん向けの例え話も思いついたところですので、もう少し考えがまとまったら、そちらにコメントする様にします。
by PseuDoctor@出張先 (2009-05-02 17:07) 

bandicoot

Judgementさん

>マナーママが「スプーンのマナーはね!」と大声で注意し始めた時
僕は大声で注意したとも思ってなくて、わが振り直すために、こっそり聞き耳たてるのもありかと思うくらいで。まわりで騒ぐ子供たちこそ、他のテーブルから眉をひそめられる原因だと思ってるんですね。
そんなわけで、まわりで騒ぐ子供たちにも、返す刀で「騒ぐのもマナー違反」(こっちは本当の意味のマナー違反ですね)とぴしゃりとやってほしかったわけです。
これについてはapjさんに、お返事いただけて納得できた部分もあります。

>今度は「説明不足」扱いされるんだろうから。
失礼しました。ぼくも説明が無い、と指摘されたとこでした。
ただ、説明のための説明の、その説明のための用語の定義とかになってしまって深みにはまって抜けれなくなると恐いなあ、と思って書きました。

最後の例えは、【恐るべき言論の世界】の説明をそのままたとえ話にいれてみただけです。あてつけとか、批判ではなく。
by bandicoot (2009-05-02 20:00) 

bandicoot

disraffさん

失礼ってあなたがいいますか??
返されたコメントを読んで理解して、それから書き込んでますか?

先のコメントでぼくは、shunsokuさんがあなたの質問に答えてるにもかかわらず、あなたかは議論を深めていないと指摘しました。その返事が、
「別に、その話を深める必要性を感じなかったから反応しなかっただけです。」
って、自分の質問に答えた相手にそれは失礼でしょう。
ある程度賛同し、同じ論点について丁寧に対応していたSeagul-Xさんにも失礼です。議論の出発点としてはおかしくない、コメントしたapjさんにも失礼です。

(2009-05-02 00:55)でのあなたのコメントですが、ぼくが「マナーの専門家のお母さん」て書いている部分の引用ですよね、それを「マナーの専門家」とだけ切り取って引用するのは失敬でしょう。それって随分「印象」違いませんか。

そのコメントのあと、ぼくは「あなたは、この一連の記事にどんな問題意識をもってコメントを続けてるんです?横にばかり広がるコメントで。」と問いかけましたが、それに続くコメントがびっくり。
ぼくのたとえ話の全否定ですよね、じゃあ、あなたの前回、前々回のコメントなんだったの?

「コメントの質問の順番はばらばら、そのうえそれまでのコメントの積み重ねを否定したような別の指摘」
そんな脊髄反射的なコメント方法をする人が「ニセ科学批判」側にもいることがわかったのは残念なかぎりです。
それとこのままコメントの応酬をしていても、僕に得るものがありそうもありません。そろそろ開放してくれませんか。

あなたの(2009-05-02 10:05)のコメントにしてみても、
>真剣に取り組んでいる人たちに対して失礼ではありませんか?
って、zororiさんが例えを用いている話題と、それに参加してるかたがたの議論は、あなたには真剣な議論、真剣な取り組みには見えてませんか?真剣な取り組みにみえず、あれはカレーで例えていい議論だってことであれば、やっぱりあなたは失礼な人です。自分に向けられた矛先を無理やりかわすには、あまり上手くない方法ですね。



ぼくの今回の一連の記事の書込み動機についてもある程度触れているつもりですが、ぼくとあなたのこの議論こそが、第三者からみて眉をひそめるというか、本筋のまじめな議論のノイズと化してると感じています。
お互いこれ以上評判を落とさないためにも、そろそろ終わりにしませんか。
まだ評判が落ちる余地があるとして。


by bandicoot (2009-05-03 21:37) 

Seagul-X

bandicoot さん、

>ある程度賛同し、同じ論点について丁寧に対応していたSeagul-Xさんにも失礼です。

この一文についてはなかったことにしていただけると助かります。
私を引き合いに出すな、というワケではなく、単に disraff さんが失礼だとは私は思わない、というだけです。
正直な話、私が丁寧に対応していたのは shunsoku さんが私の提案を誤読していたので丁寧に対応しないと事実誤認がどんどん広がるという懸念を抱いていたこともあります。手を抜けるものなら抜きたかった、けれど shunsoku さんは手を抜いた途端そこに悪意を勝手に読み取っちゃうんじゃないかなぁ、それは困るから仕方なく丁寧に書くしかなかったよね、というのが本音ではあります。
実際、丁寧に書いても後から後から誤解を解く羽目になったのはまいりました。

shunsoku さんが提案に乗るにせよ、乗らないにせよ、「わかりました。じゃあ失敗例を出しましょう」「それは興味深い。どうもありがとうございます」とか「いろいろ差し障りがあるので例は出せません」「そうですか、残念ですね。」とかで終わってしまう話だったはずなんです。最初の提案コメント以外は誤解を解くことに終始するはめになっちゃっただけです。(皮肉もちょっと書きましたが)

ということで、私に対して失礼、というのも誤解なので、そこだけ訂正していただけると助かります。

by Seagul-X (2009-05-03 22:56) 

disraff

bandicootさん、

失礼だ、と言ったのは、カレーに例えたことなどではありません。
批判を展開している本職の科学者は、社会そのものの問題だと思うからこそ、時間を割いて取り組んでいるわけです。apjさんに至っては訴訟すら何度か経験しています。

そういう人々に向かって、「レストランで子供のマナーを注意している」という言い種がありますか?

そんなのに平然と準えるということは、ニセ科学の問題とは、bandicootさんにとっては、まぁ注意するならしてもいいけど、放置したところでさほど困るわけでもない。どちらかと言うと、店の静かな雰囲気を壊さないで欲しいかな、という程度の認識なのですよね。ああ、「同じテーブルに着いていると思われたくない」ともおっしゃいましたっけ。しょせんは子供のマナー違反で、隣の席に座っている自分にはさほどの影響もなく、放っておくと店が傾くかもしれないとか火の手が上がるかもしれないとか、そういう心配は全くありませんものね。

なんというか、「観客」ですよね。そもそも最初の書き込みからなんとなく感じてはいましたけれど。あの例え方を見て、つくづくそう思いました。そういう意を最初はやんわりと、次第にはっきりと表明したつもりでしたが、カケラも通じないのはひとえに僕の不徳の致すところでしょう。ええ、そもそも「徳」なんて言えた義理ではありませんが。

僕の問題意識は「観客席からの議論」には今の所ないので、僕とSeagul-Xさんとの誤認・混同さえなければ、あなたに対してコメントするつもりはそもそもありませんでした(こっちの例えの件についてはやはり一言いいたくなってしまったかも知れませんが)。そういう意味では、お互いに不運な巡り合わせになってしまったのでしょうね。
by disraff (2009-05-03 23:18) 

bandicoot

Seagul-Xさん

ありゃ、そうですか。
最初の提案の動機がが、
お互い頑張りましょうという激励というか。
初対面の挨拶くらいな感じだった。
という感じですかね。

そうか、残念です・・・
というわけで「Seagul-Xさんにも失礼です。」は取り下げさせてもらいます。
Seagul-Xさんは失礼とは感じてらっしゃいませんでした。

思ったよりお二人が軽い気持ちで書き込んだコメントだったんだな、というのはわかりました。shunsokuさんは御自分がこめたのと同じくらいの重さのコメントだと誤解してしまったんでしょうね。それでヒートアップしちゃったんではないかという気がしてきました。そのギャップに気づかなかったというか、気づいたから、なのかな。

ああ、このコメントにshunsokuさんからとりさげ依頼がきませんように。



disraffさん

そうですか。
ぼくは結構あの例えはいい線いってる気がしてただけに残念です。「ニセ科学」「ニセ科学批判」「ニセ科学批判批判」の立ち位置が、そのうえ、「ニセ科学批判批判」が当事者の「ニセ科学擁護」と周囲のブロがーさんたちの突発的「ニセ科学批判批判」の立ち位置の違いまでわかるという。
ああ、それと、マナーの悪い「ニセ科学批判追従者」についても。

カレーのたとえ話の件ですが、またもや横滑りしただけのコメントのようなので、ぼくのコメントもそのまま前回といっしょだということでお願いします。
で、終わろうかとも思ったんですが、もうちょっとがんばります。

>そんなのに平然と準えるということは~
の部分にコメントさせてもらいます。
ほんとにあなたは人のコメントを読まずに突き進んでしまう人ですね。
「ニセ科学のことをしょせんは子供のマナー違反」と思って「観客席からの議論」について語るbandicootという名前の藁人形がどう思ってるかなんて、ぼくは知りません。


>「観客」
自称「野次馬」な人にそういわれるとは思いませんでした。
そしてあなたの「意がカケラも届かない」のは、議論を積み重ねようとせず、横に横にひろげていくコメントの姿勢のためです。「徳」とかそういう問題ではありません。
コメントにコメントを返しても、「別に、その話を深める必要性を感じなかったから反応しなかっただけです。」って理由でスルーしておいて伝わらなかったって、逆ギレっていうか失礼な話ですよね。
もうそろそろ「オオカミがきたぞ」っていわれても、信用できないくらい、肩透かしをくらいました。

>僕の問題意識は「観客席からの議論」には今の所ないので
僕には「野次馬からの皮肉」はなんとかしないと、ニセ科学批判の好意的認知度はあがらないという問題意識はありますが。

繰り返し言いますが、ぼくはニセ科学批判側の人間としてコメントしています。そのうえで、議論の相手を「身の程知らず」と称する野次馬を放置してるとこっちの印象が悪くなるって注意を喚起してるんです。

そしてあなたが、「観客」を軽視しているのもわかりました。意識していない、くらいがいいかな。
それではぼくとあなたがお互いを理解し得ないのも仕方ないことかと思います。
「観客」からの視線を意識せずに、相手を皮肉ったりするのを見てぼくは、どうにかしなくちゃと、書き込みをしました。
「観客」の視点について意識していないあなたは、ぼくのたとえがニセ科学批判者に対して失礼だと写った。まあ、「観客」の視点がなく二元論でばっさりやれば、そのように写るかもしれません。



Jhdgemenntさん

>深みに嵌るの、面白いと思いませんか?
面白いというか、体力的につらいです。
ちなみに、今夜のこのコメントももう何時間かけたか。


深みのはまる危惧についてお話したのは
「そもそもニセ科学を信じていいるわけじゃないブロガーさんが、情緒的な理由でニセ科学派にまわって、ニセ科学批判批判をする。でも、ニセ科学についてニセ科学批判サイドほど勉強したわけじゃないから、ボロがでて、気づけばメタな方向にすすみ、『もうちょっと勉強してから来てください』という落ちにつながる。感想戦では『あの人もこの話題に触れるまでは普通だったのに』」
という「ダメ『ニセ科学批判批判』モデル」というのが僕のなかにあって、それと被りそうになって思わず口を挟んでしまいました。
杞憂でした。こちらこそ失礼しました。


by bandicoot (2009-05-05 01:16) 

Seagul-X

bandicoot さん、

>思ったよりお二人が軽い気持ちで書き込んだコメントだったんだな、というのはわかりました。

と、どうして感じられたのかはわかりませんが、私としてはそれなりに真面目に対応していたつもりですよ。
「手を抜けるものなら抜きたかった」から軽い気持ちだと判断されたのなら、真面目に議論するときでも普通ならあれほど気を使わなくても誤解されることはまずない、という意味です。「誤解を招かないように」丁寧に対応するというのは意味があることではありますが、度を過ぎれば不毛だとも思います。bandicoot さんはそう思われませんか?

「(前半略)とかで終わってしまう話だったはずなんです。」から軽い気持ちだと判断されたのなら、それも誤解で、実際そこでいったん切れる話ですよね、私の提案としては。
あちらのエントリでも shunsoku さんに対して書きましたが、この提案、

1) shunsoku さんの論を(失敗例で)補強できる(かもしれない)
2) 失敗例が他のひとの参考になる(かもしれない)

の二段構えだったわけです。少なくとも、1) は成功すれば shunsoku さんの益になると思って提案したわけで、「激励」とか「初対面の挨拶」とかで私がイメージするものよりは、真剣に、shunsoku さんに好意的に働きかけていたつもりですよ、一番最初は。
まぁ、そのあといきなり「尊敬の対象にはなりません」とか云われて、びっくりですが。

で、1) がそのまま 2) に繋がってくれれば万々歳なのですが、これも書いたように失敗例が出せない場合も考えて 1) と 2) を分けてあるわけです。これが「(前半略)とかで終わってしまう話だったはずなんです。」という理由です。

それに 1) は成功しても 2) は成功しない場合も考えていました。
これは shunsoku さんとのやりとりでは書かなかったのですが、
「状況が特殊すぎて他のひとの参考にならない」という場合を想定していました。(書かなかった理由は、前半のやりとりでは単に省略していただけ、後半ではこんなことを書くとまた誤読されて「悪意」を読み取られかねない、という危惧から、です)
そういった理由で、1) が成功するにせよ、失敗するにせよ、いったん話を切って、それから 2) を検討するというかたちで考えていたんです。


これら以外の理由で軽い気持ちだと判断されたのだとすると、ちょっと私には見当がつかないんですが(まさか「disraff さんが失礼だとは思わない」から「軽い気持ち」だと判断することはないと思いますので、さすがに)、私としては真面目に「提案」したつもりだったし、その後の対応も「誤解を解くために」真面目に書いてました。
「失敗例をいっぱい出してもらえるなら誤解されたままでもいい」とは思ってましたが、そういうふうでもなかったですしね。それなら誤解され損よりは、ちゃんと解くほうがいいと思いました。

で、今回もまだ誤解されてるように思ったので追加で解説してみたわけです。「誤解されてる」というのが私の誤解で、ちゃんとおわかりだったのならごめんなさい。読み飛ばしていただいてかまいません。
いったんは「撤退宣言」出しときながら、誤解を解くためだけに延々やってるのは我ながら言行不一致だと思うんですが、そういうことです。


あと、一点だけ。
shunsoku さんが重いものを背負っていらっしゃるかどうかは私にはわかりません。bandicoot さんは「御自分がこめたのと同じくらいの重さのコメントだと誤解してしまったんでしょうね」と書かれたように、私に読み取れないものを読み取ることができたのでしょうね。
でも、もし私がそれを読み取ったとしても、おなじコメントを書いたでしょう。だって、失敗が重いものなら、なおさらみんなの役にたつ可能性があるじゃないですか。(もちろん、出す出さないは shunsoku さんの自由だという前提で)

とはいっても、こんな結果になるということまで読み取ることができていれば、巻き込まれるのは面倒なので提案せずに ROM に徹していたと思いますが。

by Seagul-X (2009-05-05 13:27) 

bandicoot

ああ、そうでしたか、これは失礼しました。
前回のSeagul-Xさんへのコメントは全面的にとりさげさせてもらいます。
どうもぼくの誤解というか早とちりだったようですね。

>「それは興味深い。どうもありがとうございます」とか
>「そうですか、残念ですね。」とかで終わってしまう話だった

というくだりを読んで、え?それで終わるつもりやったん?!と早合点してしまいました。
なんや、聞いて終わりなんか。という思いが「軽い気持ち」という表現になりました。
そのあとどう展開するか、というところまで考えてらっしゃったということですんで、充分に重く相手のコメントうけとめてると、ぼくも思います。
ぜんぜん軽いとは思いません、失礼しました。
あくまでも、深く議論するつもりもない人だったのか、と誤解したうえのでコメントです、もうしわけありません。



そのコメントを読んで勘違いするまでどう思っていたかは、「イノセント」記事の最後のコメントの通りです。えらいことに巻き込まれたなあ、というか。


by bandicoot (2009-05-05 20:16) 

disraff

bandicootさん、

「思い込みで突っ走る」件については、お互い様ですね。僕も実は、あなたの他の方との問答を見て、そんな印象を抱いていました。だからこうもすれ違いが酷いのかな。
「横へ横へ」とおっしゃいますが、僕は、最初に見とがめた点から動いてはいないつもりです。たぶんベクトルが違うから、進めば進むほど離れて見えるんでしょう。

「野次馬」の含意は以前に説明したつもりですが、やはり言葉の選択を誤りましたかね。うーん。「脇役」…も烏滸がましいかな。「端役」あたりか。

「観客の視線の意識」に関しては、僕は僕なりにしか「観客の目」を想定できないので、bandicootさんから「ない」と見えたとしても宜なるかな、です…これだけ捉え方が違うとなると。実際、話の流れがどう見えているかでも、かなり違うようですし。

で、ですけど。
bandicootさんが、「ニセ科学批判」側に立っていて、「批判追従者」の発言に問題があるとかマナーが悪いと感じたら、あなたが指摘するようにしてはいかがでしょうか。たとえば今回のように「問題ない」と判断してスルーしていたapjさんに「ぴしゃりとやって欲しい」と期待をかけるのは、いささか無理筋だと思うんですが。

ちなみに御存知でしたらすみませんが、きくちさんやapjさんをはじめ「ニセ科学批判者」が「ニセ科学批判側」の発言をたしなめる/批判する事もありますよ。
by disraff (2009-05-06 06:52) 

bandicoot

disraffさん

>「思い込みで突っ走る」
>僕も実は、あなたの他の方との問答を見て、そんな印象を抱いていました。

???
「実は・・・抱いていました」ってことは以前からってことですかね。
以前というと「イノセント」のお三方への返事ってことですか?
問答という形になっているのはapjさんとだけかな。


それと、

>えと。それはつまり、子供がヘンなカレーの食べ方をすることよりも、泣き声を響き渡らせる方がレストランにとってはよほど迷惑だ、という話でしょうか。(2009-05-01 16:21)
>そもそも「レストランで子供がおかしな食べ方をしている」程度の事になら、「マナーの専門家」がわざわざ口を出したりはしないだろうと思いますけどね。(2009-05-02 00:55)

・・・普通にたとえ話に乗ってますよね?
たとえ話に乗っておいて、次のその後のコメントで
>「言論の世界」を「レストラン」、ニセ科学を「子供の悪いマナー」、批判を「注意」に準えるというのがあまりに感覚違うな、と思ったからです。

と書き込んだうえで、
>それはいくらなんでも、真剣に取り組んでいる人たちに対して失礼ではありませんか?

すでにあなたは充分たとえ話に便乗してます。
それと、「マナーの専門家のお母さん」という書き込みを、思い込んで突っ走ったあげく『マナーの専門家』が」と切り取って、謎のツッコミをいれるのはやめてください。印象が変わりますので。

にもかかわらず、
>失礼だ、と言ったのは、カレーに例えたことなどではありません。
>「レストランで子供のマナーを注意している」という言い種がありますか?

(2009-05-01 16:21)のコメントではその問題点にまったくふれてませんよ。
(2009-05-02 00:55)のコメントでは普通にその言いまわしを使ってますよ。
このあたりが「横へ横へ」と称している理由です。いっこうに積みあがっていきそうにないので。


「野次馬」「端役」
shunsokuさんを名指しで批判しておいて、「端役」はありえませんよ。「主役」です。あなたが指摘した以上、あなたが「主役」として対応なさるべきです。舞台上にいるのでなければ観客席になるかと思います。
自分を「主役」でない「端役」に置いたり、「~に失礼だ」とか。自分のコメントの批判の矛先を「途中のコメントから」変えようとしているように写ります。
あと、僕は、初めから野次馬だと名乗ればよい、とも、「野次馬」というより「野次」が問題な気がする、ともコメントしています。

>で、ですけど。
ぴゃりと言って欲しいとお願いしたい理由はすでに述べました。
それについて、現在どう思っているかも述べました。
それとなんですが、多分今回の「で、ですけど」から始まるコメントのような調子でshunsokuさんへの第一声を書き込まれてたらば、違う展開になってたのではないかな、と思います。




Jhdgemenntさん

>あ、ただ、混乱しないよう、できれば同じコメント欄でお続けください。

あああ。いまご指摘の意味がわかりました。

「イノセント」の記事へのコメントについては
あれはあれで終わっています。つもりです。
disraffさんが本筋以外には触れないとのコメントがあり、
disraffさんのご指摘の部分を、ぼくが訂正しておわっております。

こんかいのコメントの応酬については、ぼくのJhdgemenntさんへのコメントのたとえ話が、それぞれの立ち位置についての例えであって、ニセ科学批判への揶揄ではないことを、disraff さんに納得いただければ、解決です。

その後は・・・
いまのところ他の記事に書き込むつもりはありません。ROMに戻る予定です。あちこちに噛み付きたいわけでもありませんので、ご安心を。
by bandicoot (2009-05-07 01:43) 

Judgement

>>あ、ただ、混乱しないよう、できれば同じコメント欄でお続けください。
>あああ。いまご指摘の意味がわかりました。
>「イノセント」の記事へのコメントについては
>あれはあれで終わっています。つもりです。

あ、それは深読みしすぎ。
「同じコメント欄」とは『その看板は必要か?』のコメント欄という事ですよ
by Judgement (2009-05-07 21:32) 

disraff

>・・・普通にたとえ話に乗ってますよね?

…ですから、
「社会にとっての、(ある)ニセ科学が吹聴されることの害」が、もしbandicootさんの例えに現れているように「レストランにとっての、子供のテーブルマナーが悪いことの害」程度でしかないという認識であれば、わざわざ本職の科学者が少なからぬ時間と労力を割いて批判活動なんかしないでしょう?ということを、「やんわりと」言おうとしたんですよ。

そうですね、その「レストラン」は外洋を航行している船の上にあって、おおぜいの「子供」があちこちで船内にせっせと海水を汲み入れたり、船底に穴をあけたりと「マナーの悪い」行いをしています。まだまだ沈没するほどではなさそうですが、気のせいか足下でぴちゃぴちゃ音がし始めているようです。少数の「お母さん」がやめさせようと奮闘する周りで、「別の子供達」もきゃあきゃあと騒いでいます。
…という状況だったら、「隣の席の大人」はどうするでしょうか?
もし「隣の席の大人」から「近所迷惑だからもっと静かにやってくれ」と言われたら、どう思うでしょうか?

>shunsokuさんを名指しで批判しておいて、「端役」はありえませんよ。

どういう文脈で「野次馬」と言ったのかは以前にも述べましたが、議論の参加者としての立場どうこう、ではありません。仮に「批判者」として括ったとして、その中における力量とかそういう意味です。

>それとなんですが、多分今回の「で、ですけど」から始まるコメントのような調子でshunsokuさんへの第一声を書き込まれてたらば、違う展開になってたのではないかな、と思います

そうかも知れません。と僕が言うとshunsokuさんは不本意かもですが。
そこらへんは、引き合いに出すのもなんですが PseuDoctor さんなどと比べて、人間ができてないところです。
by disraff (2009-05-07 23:34) 

bandicoot

>…ですから、

「立ち位置」についての例えに、程度問題が混ざってしまってます。
あくまでも、お互いの立ち位置について僕の認識を伝えたうえで、Judgement さんに、「ニセ科学」の定義からはじめちゃうと長くて論点のわかりにく議論になりませんか、大丈夫ですか?と確認した。というだけです。


>「レストランにとっての、子供のテーブルマナーが悪いことの害」程度

「程度」という言葉つきで、この例えがでてくるのは(2009-05-02 00:55)のdisraffさんのコメントが初出ですよね。(これは、「そう思ってるのあんただ!」という意味ではないですよ)この時点でdisraffさんの中にそういうこと言ってニセ科学批判を貶めるbandicoot像が出来上がってるように見えます。
「文脈」という言葉を今回のコメントで使われていますが、disraffさんが問題視している僕のコメントについても、「誰に」「何を」を伝えようとして「たとえ話」が使われているのか、全体の流れを汲んでいただきたいです。


disraff さんの例えについて
「隣の席の大人」はいま、問題の子がしてることを、マナーのいいことか悪いことかもわからず興味津々な他の子の相手をしてるんですよ。
「隣の席の大人」はこれ以上マナーの悪い子を増やさないようにそれぞれの自分たちなりの努力をしてるんです。
なので、その子に聞こえる場所で、『別の子供達もきゃあきゃあと騒いで』いると、「隣の席の大人」の声がその子に伝わりにくくなりますよね。


>もし「隣の席の大人」から「近所迷惑だからもっと静かにやってくれ」と言われたら、どう思うでしょうか?

言われた相手が「きゃあきゃあ騒いでいる別の子供達」ならありじゃないですか、迷惑してるんだし。こっちの注意が他の子に聞こえなくてマナーの悪い子が増えたら大変ですよね。
これは「ご自分で注意してはいかがか」というdisraff さんの指摘に沿う形かな。
ここでもうひとつ問題なのが、騒いでる子たちは、マナーの悪い子を大声で責めてるわけで、たんに騒いでいるわけではない、こと。
注意したあげく「じゃあ、おじさんは、あの子のマナー悪いと思ってないの?」とか「いちばん注意してるの、お母さんなんだけどお母さんに文句あるの?」とか筋違いな返事が返ってきて、収拾がつかないことが恐いですね。

言われた場合が「お母さん」の場合は・・・
静かにして欲しいのは「騒いでる子」なので、例えが合いませんね。
騒いでる子供達も、お母さんにぴしゃりといわれれば、すんなり静かになりそうな気がしませんか?そうなれば「マナーの悪い子」にもお母さんの声が聞こえやすそうです。
それについて現在どう思っているかについては、すでに述べました。

「野次馬」「端役」
ひとつ前の僕のコメントは文脈にかなり合致したものだと思いますので、付け加えることはありません。というか、いろいろ補足説明とか考えたんだけど、たどり着くのは、前回のコメントです。



Judgementさん

>あ、それは深読みしすぎ。

自分のコメントが前の記事の話で埋まってきたな、と思っててっきり。
by bandicoot (2009-05-08 11:51) 

disraff

うーん、僕には「状況設定における“重み”」と「立ち位置」は相補的というか相対というか、ともかくあんまり分けては取れないのですが。bandicootさんに悪気があるとは思っていませんが、相対的に「ニセ科学の害」の評価が軽いように見えてしまうんですね。
思えば、いっとう最初の「言論の世界へようこそ」から引き摺っているのかな。それはいったいどこなんだ、と。
でもまぁ、軽重の評価は念頭になかったと説明して頂いたので、ひとまず「僕が何にどう引っかかったのか」が伝われば良いです。お騒がせしました。

その上で言いますと、「お母さんと子供」という配役は(前回は敢えて乗ってみましたが、やはり違和感を拭いきれなかった…)ちょっと外れている気がします。場がレストランになった途端に、否応無く「お母さん」に「子供」の「対外責任」「監督責任」が生じるので。
もしも自らを「大人」に擬すならば、他の人にそのような立場を押し付けるべきではないと思います。

「文脈」は相変わらずなんでそうなるのか良くわかりませんが、言いたい事は(たぶん)わかります。僕は僕なりの基準でやっていますが、それがbandicootさんの言うように受け取られる場合もある、という事を認識できました。
by disraff (2009-05-10 10:46) 

bandicoot

勘違いが解消できたようでよかったです。

2点目については、「文脈」で察していただくほかありません。
あのコメントがapjさんなり、きくちさんなりに向かっての発信であればともかく、あの時点で問題にしてるのは「お母さん」と「別の人」との問答なので。
単に、Judgementさんの議論の進め方にたいして不安を持っていたというか、懐疑的なコメントだったわけですが。
ぼくの一連のたとえ話コメントの中には「ニセ科学批判」者の「ニセ科学」に対する手法であったり責任についてのものは無かったかと思います。
もしかしたら、このコメントの趣旨の読み違いが、たとえ話議論になったのかもしれませんね。
そういや、disraffさんのたとえ話を使った質問への答えとしては、あんな感じです。


3点目についてですが。
実は、「身の程知らず」に周りからでもわかるように皮肉を言うというスタンスで、2つ目のコメントも書いたとすれば、なるほど、ある意味筋は通ってるかもなあ、という気がしてきました。
その手法、内容に賛同できるわけではありませんが。

いろいろ指摘させていただき、そのうちいくつかではご理解を得ることができてよかったです。
by bandicoot (2009-05-10 14:55) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。