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過大評価 [血液型分類による性格類型説]

 私が最近疑い始めたのは、自分が「血液型分類による性格類型説」の流布を快くないと思っているせいで、能見氏を過大視したり、「血液型分類による性格類型説」の蔓延を過剰に危惧してしまっているのではないのかなぁ、と言う事。

 これは2つの問題が示唆される。

 ひとつは、自分がそういう視点で批判する事で、聞く人も“悪い意味で”批判相手を過大視してしまうかもしれない、という問題。

 もうひとつは、過大視してしまう背景には「大衆はきっと騙される」という、「大衆の見下し」、逆から言えば「大衆より優秀だと錯覚する自分の過大視」という意識が含まれちゃっているんじゃないか、という問題。

 例えば、私が「○○は科学的でない」事を繰り返し述べたとして、その内面には「しつこいぐらい言わねば分かんないだろう」という見下した意識があるかもしれない。
 しかし、実はそれがズレていて、実際は皆「○○は科学的ってのはうさんくさい」と感じているのに、しつこく聞かされる事で逆に「改めて徹底的に否定しなければならないようなものなら、ひょっとして間違ってない可能性も結構あるんじゃないの」と捉えてしまわないだろうか?

 そんな事を前回の記事を書きながら考えた。
 だから今度は、能見氏をなるべくフラットに再評価してみる。


【素人のおっさんでしょ、結局】

 歴史ドキュメント番組を見ていると「地元の歴史研究家」なんて肩書きの人が出てくるけど、別に史学の専門家というわけではなく、「そういう趣味の普通のおじさん」だったりする。

 よくよく考えてみると、能見氏もそんな感じの人とあまり変わらない。

 彼が東大出とはいえ、自然科学とか医学とか心理学出身では無いわけで(工学部出だったと思う)、血液型とか脳とか性格とかは「専門外」、いわば素人なわけだ。

 別に、出身学部だけで素人と判断しようとしているのではない。
 元々才能があったり、すごく努力したりすれば、大学で専門の教養を受けてなくても「専門」と同じ域に到達する人も当然いる。
 だけど、能見氏については、(詳細は今まで多くの人が何度も指摘しているので割愛するけど)やってる事が「科学的な方法か」という視点で見る限り、見当外ればかり。なのに、「科学的だ」と吹聴してしまうのだから、「科学的とはどういう事かが分かっていない素人」と評価するしかない。

 「分野外だから素人」という決め付けではなく、「この素人っぽさは、分野外だから仕方ないよね」というだけの話。


【彼は装っているのか】

 で、彼からは、確かに否定勢力に対する「敵意」は感じられるのだけども、“ウソをついて騙そう”という「悪意」は感じられないんですね。

 う~ん、何というか「素朴に間違っている」って感じ。

 統計だなんだという話だって、「科学を装って」というよりかは、「統計かけるのが科学的なんでしょ」といった素朴な自分の科学観に従っているだけで、当人としては「科学的であるために」ちゃんとやっているつもりなんじゃないかな。

 そう。能見氏は、単に「間違っている」だけ。

 それを「科学を装っている」なんて評するのは、『頑張っている他者に対し、自分の求める水準に達しない事を理由に「頑張っていない」と決め付ける』ようなもの、かな。
 客観的に言えるのは「水準に達しない事」で、「頑張っているかどうか」は主観に左右される。

 同様に「間違っている」事は客観的に言えても、「装っている」かどうかは主観で変わるものであり、共有できる基準にはまずならない。
 ...それにさ、「科学を装っている」なんて言うと、あたかも彼が「科学を熟知し、捏造する能力を持っている」みたいじゃないか。

 もしも、彼が意図的に「科学でないものを科学と装う」つもりだったら、もっとずるがしこく立ち回れると思う。例えば、サンプリングの問題がアリアリのデータならば、あえて検定をかけずに「参考データ」として挙げるに留め、自分に有利な検定結果が欲しければランダムサンプリングデータを捏造するとかさ。


【素人の言論は封殺すべきか】

 まぁ、そんなこんなで能見氏を素人認定しちゃっているけどさ。
 「素人」だからといって、それを本にして世に問おうとする事を禁止できるかと言えば、できないし、すべきではないでしょう。
 
 「地元の歴史研究家」だって自分の研究成果を本としてまとめたがり、私費出版で実際に出したりもするでしょう。
 能見氏も同じようなもので、ただ文化人の肩書きを持っていた(のかな)から、書店に並ぶようなちゃんとした本として出すことができたのが他の人と違うダケ。

 これは自分自身への戒めとして言うのですが...
 「血液型分類による性格類型説」を憎むからといって、「能見氏が血液型人間学を世に出した事」まで否定してはいけないなぁと思うわけです。



《おまけ:女帝は素人に何を強いようとしているのか》

 なんて事を書きながら思ったんだけど....

 某女帝サンは「うそはいけない」、「不確かな事を言ってはいけない」と詔(みことのり)を発しておりますが、素人だから「間違いを正解と信じ込む」、「不確かなのに確かだと信じ込む」って事は十分あり得る、というかむしろ必然よね。

 その詔を誰に向かって発しているつもりか知らないけれど、もしも「ニセ科学」側に発しているつもりならば、それは先に述べた『頑張っている他者に対し、自分の求める水準に達しない事を理由に「頑張っていない」と決め付ける』と同じ事じゃないかな。
 
 その人自身はそうしている自覚はないのだから、伝わんないよ。

 意地悪な捉え方をすれば、そういうのって、批判して相手にやめさせようとしていると言うよりも、”それをウソだと看破できる”、”それを不確かだと看破できる”そんな『高い能力を持つ自分』を誇示して自己満足するための、一方的な物言いでしかないんじゃないのかな。


 某女帝サンも自覚して言っているわけではないと思うけど、「うそをつくな」、「不確かな事を言うな」と要求するのは、「(それを判断できん)素人は口を出すな」と言っているようなものだよね(言論の封殺か?)。
 また、その主張の裏には、自分が「ウソとホント」、「不確かと確か」を判別できる絶対的な能力者だ、という思い上がりが潜んでいるんじゃないのかなぁ。


 まぁ、それが「女帝らしさ」であり、ある意味持ち味なのかもしれないケド
 そんなのは、太鼓持ちぐらいしか賞賛しないって。
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コメント 5

B研

Jさんの認識は甘すぎると思いますね。能見正比古は、それほど数学素人ではないと考えます。能見統計は商売のために馬鹿のフリをした芸です。

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「私も9を尊敬している一人で、私の電話番号は956-1681は、9と9の二乗81を組み合わせ、81の二乗6561の順序を変えてハメこんだものだ。地域コードの03も、9の1/2乗としてとくに選定してある。」 (血液型スポーツ学 p131 能見正比古 講談社 1976)
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9の2乗は理解しますが、81の2乗まで思いつきますか?9の4乗ですよ。東京に住みながら、9の平方根をこじつけるのは、能見の性格ですね。

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わが異色の後輩・能見正比古君のこと
「能見君は私の出た高等学校(旧制)で、私の二年後輩である。後輩の名はよほと異色でなければ先輩の耳にとどいてこないものだが、能見君の数学の異能ぶりは早くも学内にとどろいていた。彼の姉さんも当時の東京女高師の数学科に一発で入ったという才媛であった。」 東京大学教授 西義之 (血液型政治学 カバー袖 能見正比古 サンケイ出版 1978)
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能見統計の不備は散々指摘され尽くしていますが、あれは確信犯ですよ。能見は放送作家であり、大衆受けして視聴率を稼ぐ方法を日々開発していたのです。血液型人間学は、その延長線上に乗っているのです。

今までに指摘されていない能見統計の不備を言えば、「能見親子は同じ統計を2度しない」という事です。したかもしれませんが、発表しません。それらの統計にカイ自乗検定をかけると、説明不能な結果が出るからです。
by B研 (2009-09-12 18:33) 

タカキ

数学の知識が豊富だから自然科学や心理学の研究の手順を知らないはずがないと言うことでしょうか?

数学って科学研究の一ツールって思っていました(統計なんかは)。
ツールの使い方を良くしってるからと云ってそのツールを使う事柄が詳しいとは言えませんよね。

私が何か基本的な考え方や知識が抜けてるのでしょうか?

by タカキ (2009-09-13 00:13) 

B研

>タカキ

ご批判を賜り、誠に有り難く、お礼を申し上げます。
いや、マジで。
だってね、どこにお邪魔しても私に対する批判は皆無なのですよ。
「じゃー、お前はどーなんだよ!」てのがあって当然だと思うのですが。


知っている事と実行する事は別の話です。
騙して売ろうとしているのですから。

私は能見正比古を一種の超人と畏敬の念さえ抱いています。
by B研 (2009-09-14 22:08) 

すが

だからその「知っている」の部分に対して、数学を知っているだけじゃ「知っている」といえないじゃない、ってタカキさんは言ってるんでしょ。
数学ができても「素人」ということはあり得る、と。

でももちろん「素人」だったとしてもだまそうとはできるわけで。だまそうとしてやったのかは別に考えなきゃいけないでしょう。

wikipediaには、高校時代から血液型と性格の「研究」を始める、って書いてありますけど、その時からこれで一発狙おうと考えていたということでしょうか。

by すが (2009-09-15 02:09) 

タカキ

科学素人なのに科者の様に扱うのは過大評価ではないかと云う趣旨に認識の甘さがあるという指摘と受け取ったので前回のコメントになった訳です。
ここに対する認識の甘さではないのかも知れませんね。

とすると、意図的に科学を装った訳ではないのではと云う処でしょうか?
数学の知識があるのだからあの様(私は良く知らないが)な統計を行うのはありえないから意図的に行ったモノだろう、という指摘なのかもしれません。
#あと細かい事ですが「数学素人でない=統計に詳しい」は成立する話なんでしょうか?

「意図的」「装った」「騙した」というのをどう客観的に示すか難しい話だと思うんです。
by タカキ (2009-09-15 20:41) 

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