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何故「科学を装ってる」事に拘るのだろう? [疑似科学批判批判批判批判]

なんだか最近月報っぽくなりつつあるけれど、みなさんお元気ですか?
色々思いついては、書きかけで止めて、そんなのがどんどん溜まっている現状。

ぶっちゃけ
「ニセ科学」って呼ばれているものは大嫌いなんだけど、
ならば本来大歓迎すべき「ニセ科学批判」ってジャンルが
どんどんうさんくさいものに思えてきている。

とはいえ、「ニセ科学批判」にかかわっている人達がうさんくさい、ってわけではない。
彼らは、真面目だし、頭もいいと思うし、大部分については個人的には好き。
だから、何となく逡巡しちゃうのかもしれない。

例えばとても好きな人がいるんだけど、
1点だけどうしても許せないクセがあって、
そればかりが気になって気になってしょうがない、って感じ。
だけど、そのクセを遠慮なく指摘したらきっと怒るんだろうなぁ、って躊躇するわけ。

...なんてフォローを入れつつも、
『でも所詮顔も知らない他人よね』と開き直って
正直に今思っている事をなるべくストレートに書いてみる。

あ、も一つフォロー
今回「ホメオパシー」を例に使っているけど、例えにしやすかったからで
別に、「ホメオパシー」を中心に批判をしている特定の人をターゲットにしているわけではない。
...って誰に気を使っているんだ、私。


【本音はどうなの?】

あのさ、「ニセ科学批判」の人達が本当に言いたいことってなんだろう?
科学を装うのは悪い?
ホントにそれが一番いいたい事なの?

例えば、「ホメオパシー」を批判するときに
『科学を装っているから悪い』から批判しているの?

多分違うでしょ
本当に問題にしたいのは『効かない事』だと思うんだ。

だって、『科学でないのに科学を装った』ものであっても、実際に効くのなら
「証明方法間違っているけど、多分何らかの理由で効いているんだろうね」
ってなって、あそこまで問題にしないはずよね。

現実にさ、ロジックそしてサイエンスに照らし合わせ
何故効かないのか、何故効かないと言えるのか、皆さんさんざん言っているよね。

ならそれを示して
「ホメオパシーは科学的でないから、間違い」
という批判ではだめなの?
 
...でも、多分それを言いたくなんだろうね。
それを言ってしまうと誰かが「科学教」と言い出すだろうし
そう呼ばれるのが厭なんでしょ。

だからこそ、表向きだけでも
「ホメオパシーは、科学で無いのに科学を装っているから嘘つきだ」
という批判の形にしなきゃならないんじゃないの?
で、まるでついでのように
「ちなみに正当科学では有り得ないんだよね」
って言うわけ。


【心の不均衡】

だけど当の本人は
本当は「科学を装っている、という点が悪い」とはさほど思っていない。
(もっと悪い所があると思っている)
なのに、それを諸悪の根源のように叩かなくてはいけない。
それがモヤモヤした不安定な状態を作り出す。

だから、それに安定を与えてくれそうな
『「うそはいけない」は社会規範』
な~んて、素朴な思いつきに無検討のまま飛びつき
必死でしがみついちゃうんではないの?

私には、ホントは『科学に合わない=間違い』と思っている人が、
それを隠すために『科学を装っている』事を言い訳にしている
そんな風に見える。
「科学教」扱いされた時の過敏な反応も、その印象を強める。

『勝手な憶測だ』という声が聞こえてきそうだけどさ。
まぁ、そう言われたら言い返せない。
外れていたら認めないし、当たっていても多分認めないから
私には検証しようがない。


【ホントに科学を装っている事が重要と思っているの?】

ただね、確実に言える事がある。

「科学を装っている」事が問題だ...という主張が上っ面である証拠に、
肝心の「科学を装っている」事の基準がおろそかだよね

だけど、だれもそれを問題視しない。
だから、私には『「科学を装っている」かどうかは本当はどうでもいい』ように見える。


菊池先生の「ニセ科学入門」を引用すれば、「科学っぽい」とは
『普通程度の科学的知識を持つ「一般市民」には科学と区別がつかないもの、専門家から見れば荒唐無稽なものという程度の意味である。』
という事よね。

あっさりと「普通程度の科学的知識を持つ一般市民」って言っているけど
それって結局どういう人達なの?
そして、その人達が「何を条件に科学と錯覚するか」という事はどうやって知るの?

これってかなり大変よ。
例えばさ、
科学分野の学力試験を実施し、
その中から平均値や中央値程度の人達だけを改めて集め、
“科学と科学以外のものをズラッと並べたリスト”を手渡し、
「科学と思うものに○を付けてください」といった形式のアンケートを取り、
集計した結果ある程度の割合の人が○を付けた「科学以外のもの」だけを厳選して、
それを「ニセ科学」と呼ぶ
...って事やらなきゃいけないんじゃない?字句どおりに理解すれば。

...でも、そんなこめんどくさい事、菊池先生すらやってないよね、きっと
(複数のオカルトに関して「信じるか」を尋ねた事例は知っているけれど...)

だったら、菊池先生自身も『科学っぽい』と評価すべき基準が何なのか分からないわけで
『ニセ科学』という概念を作っても、何が『ニセ科学』であるかは判断できないはず。

けど実際は、何が「ニセ科学」かを決めている
ホントのところは
・専門家(菊池先生)から見れば荒唐無稽だけど、
・(菊池先生が想像する)普通程度の科学的知識を持つ「一般市民」にとって
・きっと科学と区別がつかないだろうなぁと(菊池先生が)思うようなもの
以上の意味は無い。

ニセ科学批判の他の方もそう。
「自分達が『ニセ科学』と呼んで批判しているもの」が
本当に『普通程度の科学的知識を持つ一般市民には科学と区別がつかない』代物なのか、
おそらく誰も調査なんかしていないはずだ。

大抵は誰かが「ニセ科学」とレッテル貼ったものに追従し、
あるいは「科学的に見えそうな部分がある」というこじつけをしたり、
せいぜい、知り合いに信じている人がいる、ネットに信じている人がいる
...なんて事を根拠のように示す程度じゃないの?

自分が指摘した「科学的に見える部分」が
 『普通程度の科学的知識を持つ一般人』にも科学的見えるかとか
自分の見かけた信者が『普通程度の科学的知識を持つ一般人』の範疇に入るのか
という話はほとんど出てこない。

それでいて、『蔓延』の危機感を煽る。

それじゃぁ、色んな言いがかりで嫌いな奴を「魔女」に仕立てる魔女狩りと同じだ。


【批判をするな、と言いたいわけじゃない】

ホメオパシーとかを批判するな、と言っているんじゃない。
ホメオパシーを批判するのに、「自分で確かめてもいない事を大前提にするな」
と言いたいだけ。

『不確かなことを言いふらしてはいけない』も社会規範なんでしょ。

 
いいじゃん、「科学教」で。
これは嫌がらせを言っているんじゃなくて本音。

本当に「科学っぽいから信じている」層に訴えて蔓延を防ぎたいなら
きっちり「科学的じゃないから効かない」と言った方が効果あると思えない?

「効くかはともかく、科学と言うのはウソですよ」なんて言ってみても、
「科学では解明できない効果があるんだ」と思われるのが関の山でしょ。
 
それによって、一部の人間から自分が「科学教」って謗られても
本気で「蔓延を問題視」して、なんとか防ぎたいと思っているなら
そんな個人的な名誉なんて些細な事じゃないの。

なのにさ
「本気で蔓延を防ぎたい」と言いつつ、自分の風評と天秤にかけているんじゃない?

まぁ、もしそうだとしても、自分を守れる範囲でやる、という選択は別に悪い事じゃない。
だけどそうなら、批判を受けたときに
「蔓延してもいいのか、オラァ」と恫喝する態度を取ってはイケナイと思う。
「蔓延」を正当化のネタにできるほど、自分は打ち込んでないんだから。
 

【ニセ科学と宗教】

ついでにもう一つ疑問。
「ホメオパシー」と「お守り」や「聖水」の違いってなんなのさ。

「聖水」は科学を装っていないけど、「ホメオパシー」は科学を装っている、

...なんて言わないでね、この話の流れでは。
「科学を装っているか」実際は確かめて無いのならば、それは言えないはず。

結局の所、科学の名の元に叩いてよさそうなものが「ニセ科学」であって
「宗教」は大人の事情で叩けないだけじゃないのかな、って思う。
 
そういう不純な匂いがするのも、キライな所。

「宗教」と区別したいなら、ちゃんと区別できる客観的な「科学を装う」の基準を作るべき
叩きたいもの目指して、あって無いような「科学を装う」基準を拡大しているのに
「宗教は別ですよ」、「だから科学教ではありませんよ」
と言ったところで、内側にいる人以外は誰も信じない

(いさぎよく「宗教」も叩けばいいのに、というのは個人的な欲求)


【まとめ?】

なんかまとまりが無くなってきた気がするけど
「ニセ科学は科学を装っている」という
確かめるのが難しくて、誰も確かめていない事を出発点にしておきながら
それ自体に「批判の正当化」の意味付けまでしようとしちゃっているから
おかしくなっているんじゃないの、と思うのよ。

むしろ「科学を装っている」に拘らない方が
ニセ科学批判やってる皆さんは、もっともっと説得力のある説明ができるよ。
なんか偉そうな言い方になっちゃうけどね。


どうせ、私の個人的な感想なんて関係ないんだろうけどさ 
今「ニセ科学批判」側に籍を置く心理系の人ってほとんどいない気がしない?(憶測だけど)
で、そっち系の人は「ニセ科学批判批判」側にまわっていませんか?(サンプル少ないけど)。

別に心理学者は心を読む、なんてステレオタイプな言い方はしないけど
私と同じように『表と裏の乖離をなんとか正当化して誤魔化そうとしている』
匂いを感じ取っているんじゃないかなぁ、と勝手に予想している。

まぁ、フォローにならないとは思うケド
もし今回私が言ったような"心の裏側”がニセ科学批判の人にあったとしても
「意識的にそうしている」とは思っていないんだけどね。
ただ、だからこそ歯止めが利かない、というやっかいさがある。


いわゆる「市民運動」を見ていると
求める「結論」は至極真っ当だし、やっている人も本気でやっているように見える。
でも、主張を聞くと、極端で、飛躍があって、どこかうさんくさい
だから、なんとなく賛同できない
そんな事あるよね。

「ニセ科学批判」は、そこに向かう階段を登りつつあるように見えるの
そうなってしまったら「ニセ科学の蔓延防止」に逆効果になっちゃうよね。


ま、私が心配する話ではないんだろうケド
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pooh

なぜ「科学を装っている」ことにこだわるのかは、それぞれのひとが表明しているんじゃないかと思います(ぼくにしても、そのことについて書いたエントリはひとつやふたつじゃない)。「本音は別でしょ」と云われるかもしれませんが、それこそ証明のしようがないので。

あと、「ニセ科学批判」をしていると自認しているひとはもうあんまりいないと思うし、ニセ科学の定義にあてはまる個別のことがらにしても批判的な言説を発信するひとは減少傾向にあるんじゃないかと思います。べつだん楽しくもないし、痛くもない腹を探ってくるひとがたくさんいるし、誠実に対応しようとしてもおおむね残るのは徒労感だけですから。
by pooh (2009-11-28 06:23) 

Judgement

私に何かを言いたいのか、それとも心の悩みを打ち明けたいのか
とにかく、ちょっと心が不安定な感じですのでカウンセリング的にお返事。

まぁ、互いに検証も証明もしようがないんだけどさ。
「どう見られているか」という情報を、生かすも殺すもその人次第
自分の中でどう処理するかはお任せですかね。

>ニセ科学の定義にあてはまる個別のことがらにしても
>批判的な言説を発信するひとは減少傾向にあると思います

それも、あくまで、やめたり減らしたりした人の問題。
そんな人は、モチベーションを維持できない程度の問題意識であったにすぎないんじゃないのかな。
「誰が何といおうとやる」のか「誰かか何か言ったらやらない」のか
それは、他人が決める事でもないし、後者を選んでやめたとしても、それは誰かのせいだとは言えないよ。

>べつだん楽しくもないし
自分の「精神の平衡」
(by kaqu11さん あ、復活ありがとうございます...ってこんな片隅で言うな)
これを崩してまでやりたい事でないなら、無理しない方がいいです。絶対に

>痛くもない腹を探ってくるひとがたくさんいるし
(うーん、それはニセ科学批判側にも沢山いる気がするぞ...)
でも、実際はそういう人がいて当然だよね、ネットに限らず。
...というか、そんな人がいない社会の方が不健全よ
痛くもないのかどうか、他人は探ってみないと分からない。
っていうか、そこを探れない人がニセ科学に引っかかると思うよ。
だから、むしろ探らせた方がいいって。
「痛くも無い腹なら勝手に探ってくれ」ぐらいの図太さはあったほうがいいと思う。

>誠実に対応しようとしてもおおむね残るのは徒労感だけですから。
う~ん、poohさんにとって「誠実」が「徒労感」より軽いなら、おやめなさい
ってしか言えないけどね。
「誠実」も「徒労」も、どちらもpoohさん自信の意識の問題。
それは、他者にとっての事実、つまり客観の世界に割り込ませるものではないんです(まぁ、他者との関係、には関係するけど)。

ではでは。
by Judgement (2009-11-29 01:55) 

pooh

あらら、心配されてしまった。すいません。
そう云うつもりじゃなかったんですよ。ごめんなさい。

例えば正直、このエントリそのものが、ぼくにはJudgementさんが本気でお書きになったとは思えないくらい雑な論旨に思えるんですね(Judgementさんに云いたい部分としては、この点になるんですけど)。そのままでは具体的に、誰がどんな行動を改めればいいのか、どの部分をどうやって自分のじっさいの行動にフィードバックすればいいのか、がちゃんと読み取れない。
これはまぁぼくの読解力の問題もあるんですが、結局ちゃんと自分の行動に意見を反映させようと思ったら、そう云う部分を尋ねて、確認するところから始めないといけないわけです。

で、けっこうぼくはそう云う対応をしてきたりしたわけです(うちみたいな、大勢に影響がない小さいところのほうが、そう云うのはやりやすいので)。でもご存知の通り、どうもその種の対話はうまく進まない。すごく不毛なやりとりになるケースが(経験上)多い。それはもちろんこちらのせいもあるんでしょうけど、かならずしもそれだけだとは思えない。どうしてそうなるのかなぁ、みたいな、まぁ慨嘆ですね。

> 「痛くも無い腹なら勝手に探ってくれ」ぐらいの図太さはあったほうがいいと思う。

これはまさにおっしゃるとおりなんですよね。
向き合う姿勢をとろうとすると、結局袋小路にはいっちゃうみたいなので。
by pooh (2009-11-29 07:00) 

トンデモブラウ

つっ釣り針・・・?

宗教とか振り込め詐欺なんかを対象としないのは、単に専門外だからじゃないの。
科学者は科学を武器に戦わなくっちゃ。
その武器で、ニセ科学以外は斬れないでしょ、残念ながら。

『普通程度の科学的知識を持つ一般人』というのは、「科学」のカの字も知らんでオカルトに惹かれるバカもんという意味です。
きくち教信者の私が福音を伝えにやってきました。
by トンデモブラウ (2009-11-29 21:05) 

Judgement

【poohさん】
>Judgementさんが本気でお書きになったとは思えないくらい雑な論旨に思えるんですね
まぁ、雑な人間が書いた文章が雑なのは当たり前として
雑な理由が気になりますね

ゴメン、今回もカウンセリングモードでいく。

>誰がどんな行動を改めればいいのか
>どの部分をどうやって自分のじっさいの行動にフィードバックすればいいのか
>がちゃんと読み取れない。
そんなの読み取れなくて当然。だって、そんな事書いて無いもん。
前のカウンセリングの続きになっちゃうけど、「それを判断するのは自分」
自分の求める答えが書いていないだけで「雑」と評価するのは
失礼だけど、それこそ「雑」じゃないのかな。

後輩の仕事に注意を入れたら
「じゃぁどうすればいいんですか」と言われた事がある(逆切れ?)。
まぁ、その気持ちもわからんではないんだけどね。
「一から私流にやれ」と言うのが互いに楽なんだろうケド
そうしたら、後輩という個人の意味がなくなる。私が代わりにやるのと同じだから。
それで「それはあんたの仕事でしょ」と突き放すのは無責任なんだろうか?
ダメな所を”自分で”どう直すのか、
あるいはダメだと言われたけどダメじゃない、という理屈をどう”自分で”考えるのか
少なくとも「自分の仕事」ならば、それは自分で判断すべきだと思うのだけど。

例えば、もしpoohさんの問いに答えるような事を書いていたらどうするだろう?
でも、それがもしpoohさんのやりたい事、あるいはポリシーに反する事であれば
今度は、「そんな事できない」理由を挙げて、答えを受け入れないと思う。
ホントに欲しいのは「自分が求める問いの、自分が欲しい答え」じゃない?
悪いけど、そんな風に見透かしてしまう。

厳しい事を言えば「自分の求める答えを相手が持っている」あるいは「持っていなければ相手が悪い」という前提でやりとりなさっているのなら、「不毛なやりとり」の原因は、そんなあなたのスタンスにもあると思うよ。
それならば、「向き合う姿勢」といくら言おうが、実際は自分ばかり見て向き合ってはいないのだから。

私はpoohさんではないし、poohさんも私ではない、それあたりまえ。
考えが違うんだから、「対話が上手く進まない」方があたりまえなんだよね。

でもそれを意識しないぐらい、poohさんは恵まれた環境にいたんじゃないかな。
だから、性急に答えと共感を求めてしまう
「相手の意見が分からない事」に文句を言ったかと思えば
「自分の意見を分かってくれない事」にも文句を言ったりもする
そんな風になっちゃってません?

私は、「相手の意見が分かってから」文句を言うのが筋だと思っているけどね
それでも相手は「分かっていない」と反論する。また分かろうとする、その繰り返し。
それが「不毛」に思えてしまうのであれば、慣れない事はやら無い方がいい。

>それはもちろんこちらのせいもあるんでしょうけど
>かならずしもそれだけだとは思えない。
>どうしてそうなるのかなぁ、みたいな
poohさんは、理由もろくにないまま、なんとか「こちらのせい」ではない方にウェイトを置きたがるようですね。
「あのブドウはすっぱいに違いない」
そういう考え方は、多分人として当然出し、楽なのよ(私だって陥りがち)。
だから、そう思う事は止めやしないけど、なぜそれをここで言うのかな。

それを一旦口に出すと「見られ方」は変わるよ。
残念ながら、私はそういう考え方を表に出す事が嫌いなので、共感はできない。
多分poohさんの人柄故、「そうだよね、相手がおかしいよね」と言ってくれる人も多いのかもしれないけど...


【トンデモブラウさん】
>つっ釣り針・・・?
こっ、これが「痛くも無い腹をさぐられる」という事かっ!

>科学者は科学を武器に戦わなくっちゃ。
>その武器で、ニセ科学以外は斬れないでしょ、残念ながら。
私が言いたいのは
科学で切りたいモノをなんでも「ニセ科学」に仕立て上げている、って事。
多分、教祖が「宗教はダメ」って言うからやらないだけで、「専門外」ってのは関係ないと思う。
というか、「科学を武器」って言うけど、皆「道徳」や「社会」も自分の武器だと思っているみたいよ。

>『普通程度の科学的知識を持つ一般人』というのは、
>「科学」のカの字も知らんでオカルトに惹かれるバカもんという意味です。
いや~、それぐらいストレートに差別的に言ってくれると潔いと思うんだけどね。
見下してるくせに、対外的には「被害者」というフレーズ使って
(それを守る)自分の美化に利用するって感じがして嫌なんだよね。

>きくち教信者の私が福音を伝えにやってきました。
最近は経典(「ニセ科学入門」)を読めば読むほど、信じられなくなってきた。
きくち教信者を私はもう脱退ですねぇ。
どうです、Judgement教に鞍替えしませんか?
by Judgement (2009-11-30 01:22) 

トンデモブラウ

>皆「道徳」や「社会」も自分の武器だと思っているみたいよ。

『神』は違いますね。
インチキ商売絡みから流れてきたヤカラでしょう、それ。
きくち教では認められていません。

>科学で切りたいモノをなんでも「ニセ科学」に仕立て上げている

これはアリでしょう。
虎は屏風から追い出さないとね。

経典の読み方が足りませんな。
まずは、YESかMOUNTAINを聴いてからじゃないと・・・アレっ?
J教かぁ・・・う~む。
おぉっと、危ない危ない、J教はいかがわしい料金が発生しそうで、ヤです。
by トンデモブラウ (2009-11-30 09:42) 

bandicoot

>Judgementさん

 もともと、いろんな社会問題のなかから、科学で切るもの(科学者として斬っておくべきだと考えたもの)をピックアップしたのが、ニセ科学なはずなので。
 それなのに科学で斬らないのは、逆におかしいと思います。科学で斬らないのであれば、優先順位問題も再燃というか、ただのワイドショーのご意見番、日々のエッセイになってしまうかと。



> pooh さん

 「減少傾向」ってことはないとおもいますよー。目立つような増加傾向にない、ってことではないかと思います。
 スポーツで例えると、「別に野球もサッカーもするし、ランニングも嫌いじゃない」という人がいて。「スポーツと言っても、実際は野球やサッカー、テニスなどばらばらでスポーツなんてものはない」とか言われると、とりたててどれが得意ってわけじゃないし、スポーツ好きですって言っちゃだめそうな雰囲気だし、趣味の欄にはスポーツって書くのやめよう。
みたいな感じで口に出す人は減るかもしれませんね。
でも、そのひとたちも、体を動かすのは好きだったり、スポーツするのは楽しかったりするかと思います。
 ああ、やっぱり「発信」は減少傾向かも。
by bandicoot (2009-12-01 14:42) 

タカキ

> 「ホメオパシーは科学的でないから、間違い」
> という批判ではだめなの?
科学的に間違いを示すだけでは、そのニセ科学と分類される対象を信じる事と止めさせるには弱く、それを信じる信じないの選択権を与えられている読者の意思を自分の思う方向に導けないから。
ここに「ウソを吐いている」とか「悪い」を云った価値感を与えることで自分の意図する方向に導きや易くしてるんでしょう。

Judgementさんは間違いを指摘する方が「科学教」扱いされると考えてるるようですが、間違いの指摘は単なる情報提供。
その情報に価値感を加えてその方向に導く方が私には「宗教的」に見えますけどね。

by タカキ (2009-12-02 00:27) 

naoko

『表と裏の乖離』というのは、判る気がします。

「ニセ科学批判」をメインにブログまで立ち上げる人たちには、当人にとってののっぴきならない切実な理由があるはずです。あるいはそうした批判を行うことにともなう‘快楽’とか、批判にのめりこみたくなる個人的な強い‘欲求’かもしれません。内実は計り知れませんが、ともかくこれが『裏』ですね。
『表』は、「社会的な義務感を感じて」とか、「社会における切実な必要性を知って」とか、平たく言えば、社会がより住みよいものになるように、ということだと思いますが。
この『表』の理由が、本当に万人にとっての必要性なのか、それとも彼らを含む、ごく一部の人たちにとっての必要性なのか、ということが、常に社会的に問われることになります。

もし、そうした必要性が、(当人の自覚の有る無しに関わらず、結果として)独りよがりなものであったなら、社会的に大きな運動にはなりえないでしょう。
『ニセ科学批判』はそうなりかけているのではないか?
というのが、Judgementさんの主張ですね。

まったく同意です。
by naoko (2009-12-02 03:28) 

Judgement

皆さんコメントありがとうごさいます。
レスしてない分は、レスをかねて新記事を上げましたのでご笑覧を。

なお、poohさんには一方的に言いすぎた感があるので
後日もう少し、色々説明した記事を書こうと思います。
まぁ、別にフォローとかそういうものではないですが...
by Judgement (2009-12-03 01:23) 

PseuDoctor

こんばんは、御無沙汰です。

私には、むしろJudgementさんの方がカウンセリングが必要な状態に見えます。
Poohさんへの物言いなんか、まるで自分自身に必死で言い聞かせてるみたいに思えました。
まあ、御自身は否定されるかもしれませんが「他人からどう見えるかは、自分には解らない」のですよね、勿論。
少なくとも今は多少落ち着かれたみたいですけど、それでも心配ではあります。

そんな事ばかり言ってても何なので、中身について書きます。

>本当に問題にしたいのは『効かない事』だと思うんだ。
違います。いや「違う」というのも違うな。間違ってはいないんだけど、何て言うのか、やっぱり、まさに「雑」な考え方なのですよ。

>だって、『科学でないのに科学を装った』ものであっても、実際に効くのなら
>「証明方法間違っているけど、多分何らかの理由で効いているんだろうね」
>ってなって、あそこまで問題にしないはずよね。
確かにね。
「効く ならば 問題にされない」が真ならば、その対偶である
「問題にされる ならば 効かない」も真ですね。一見完璧に見えます。
でも、違います。何故なら、Judgementさんが主張しているのは
「効かない ならば 問題にされる」だからです。この命題の真偽について貴方は言及していません。
Judgementさん風の言い方を借りて少し意地悪く言うのであれば、貴方は「効かないものは全て問題にしろ」という主張を持っているから、その主張をアプリオリに正しいものとして、無意識のうちに真偽についての検討を避けているのではないか、と勘繰ってしまいます。

私の立場から言うのなら「効かない」ものの中には「問題にされるものと問題にされないものとが含まれている」のです。その事と、引用したJudgementさんの発言とは全く矛盾しません。
では、問題にされるものと問題にされないものとの違いとは何か。
もう、お解りでしょう?

ホメオパシーが問題とされているのは、単に「効かない」から「だけ」ではありません。「効かないのに効くと主張する」もしくは「効かないのにそれを認めようとしない」からです。
ここでもJudgementさんの書き方をパクらせてもらいます。

だって「効かない」ものであっても、実際にホメオパス達が「これはおまじないよ」「実際の効果は無いけど、気休めにはなるわよ(口調に深い意味はありません)」と言って勧めているのなら「実際に効き目なんか無いものだけど、ちゃんとその事を説明したうえで勧めてるよね」ってなって、あそこまで問題にしないはずよね。

どうですか。
もし本当に、効かない事「のみ」が問題視されるのなら、例えば病室に千羽鶴を飾る行為なども、ホメオパシーと「同程度に」問題にしなければならない筈ですが。
Judgementさんはそういう意見をお持ちなのでしょうか。

繰り返しますが、ホメオパシーが問題視されるのは「効かない事を認めようとしない」からです。本当にご理解頂けないのでしょうか。
私には「社会規範云々を批判し続ける為には、理解してしまうのはまずいから、敢えて耳を塞いでいる」ようにすら見えてしまいます。

そしてもうひとつ。
おそらくJudgementさんは理解していると思いますが、この「効くか効かないか」という議論自体が、既に科学の問題なのですね。
科学の守備範囲は、効くメカニズムの解明だけではありません。効くかどうかに関して客観的なデータを集め、確度の高い推定を行う、それ自体が科学(の一部)です。
この言い方が気に入らなければ「そうした手続きをまとめて体系化したものを我々は科学と名付けている」でもいいですが。

ですからホメオパシーが「効かないのに効くと称している」のは、まさしくニセ科学の問題なのです。
by PseuDoctor (2009-12-03 23:38) 

タカキ

> naokoさん

書かれているコメントの内容って『表と裏の乖離』じゃなくて、公言してる目的の自己評価と社会評価の乖離じゃないでしょうか。

公言している目的が建前なのか本音なのか他人にはわかりません。
しかし目的にそってしてる(はずの)行動が目的とずれている。
建前(表)と本音(裏)が乖離しており行動が本音に引きずられているのでは?と感じているというのがJudgement さんの話じゃないですかね。

by タカキ (2009-12-05 01:43) 

ねじめ

>だって、『科学でないのに科学を装った』ものであっても、実際に効くのなら
>「証明方法間違っているけど、多分何らかの理由で効いているんだろうね」って
>なって、あそこまで問題にしないはずよね。

これ全く違います。なぜなら、実際に効くということが調べられているならそれは科学であるからです。それは『科学でないのに科学を装った』ものではありません。

ざっくりと言ってしまえば、『科学である』というのは『効くか効かないかちゃんと調べている』ということです。そうすると、『科学でないのに科学を装っている』というのは、『効くかどうか調べてもいないのに効くと喧伝している』という意味になることがわかります。

こう考えると、あなたの言うように「サイエンスに照らし合わせて効かないと言えるから、間違い」と批判するより、「科学でないのに科学を装っている」としたほうが、ニセ批判の芯とするのに良いと多くの科学者が考える理由がわかるのではないでしょうか。

というのも、『サイエンスに照らし合わせて効かないと言える』というのは、批判対象によっては悪魔の証明を含む場合があるからです。まぁ水伝とかホメオパシーとか自明に間違いと言えるものもありますが、磁気水などに大してその批判を適用したとき、「今の科学では未知であるだけ」と言われたらどうしますか?だから、「磁気水が体にいいかろくに調べてもいないのに体にいいものとして売りつけている」という批判をするわけです。それが『科学でないのに科学を装った』という批判です。

第一、あなたが気に入らないとする『科学でないのに科学を装った』というやり方は、ニセ科学批判の根っこのところに置いているわけであり、自明に間違いと言えるもの大しては、あなたがよしとするように自明に間違いと言って批判をしているのではないですか(左巻さんの「水からの伝言を信じないでください」など)。それは個々の事例によって、おかしさの度合いに応じて決まってくるのではないでしょうか。
by ねじめ (2009-12-05 17:17) 

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