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疑似科学VSニセ科学 [疑似科学批判批判批判批判]

PseuDoctorさんへのレス第二段。
次は、『やってない事に拘るよりも、やっている事を素直に言えば?』の方。
ああ、こっちはまだPseuDoctorさんっぽい。わーい
なんだろう、数分の間にABOFAN毒が消えたのかな。
とりあえず、前回の記事の事は忘れ、フラットな気持ちでお返事。


 正直、前の記事の内容は、やりとりの形で楽しめるような代物じゃなくて、実はちょっと腰がひけちゃったけど、こっちはそうじゃないようなのでよかった。

 でも罰として、今回はツンもデレも無し。
 キャリアウーマンが畑違いの新入社員を見下す、って設定でいきます。

>素直に「ニセ科学の認定は私の主観で判断」って言えばいいんじゃね?
うん、私も昔はそうやってましたよ。20年近く前だったかな。今は亡きNIFTY-Serveの片隅でね。

 20年ねぇ、キャリアとしては私と同じくらいね。
 まぁ、私は「ニセ科学」っていうか、「疑似科学」って呼んでたけどね。
 20年前はネットに繋げるほど裕福じゃなかったからNIFTY-Serveのやりとりなんかは知らないわ。

 っていうか、疑似科学やオカルトなんてのは、「人間の思考バイアス」の良い教材だから、心理畑では結構メジャーな話題なのよね。例の「血液型性格判断」問題もあるし。
 
 むしろ、菊池先生が
 『私個人は「ニセ科学」の問題は極めて重要であると考えるのだが、恐らくはこの問題に注目していない研究者がほとんどだろうし、それどころか問題の存在にすら気づいていないかたがたも多い』
 と言ったのが、「平成16年」と知って、なんとも日本の自然科学分野は認識するのが遅いなぁ、と感じたのが正直なところね。

 そういう問題に関する外国の著作は既に沢山翻訳されてるし、日本でも菊池“聡”先生や安齋先生らがてがけてたもんね。
 「血液型性格判断」についてもサトウタツヤ先生らが“ブラハラ”問題を取り上げたのも、結構前からだし。

  ...というか、「菊池誠先生は心理学系の活動は眼中にないんかい」ってちょっとムッとしたわよ。
でもさ、何人かの人がそうやりだしたら、一体何が起きると思う?
「これは私の判断ではニセ科学だ」「いや、私の判断ではニセ科学ではない」なんていう議論が起きるのは必定よね。起きなかったらおかしい。

 ふうん。
 それは「起きなかったらおかしい」ような状況こそがおかしいよね。
 ついでに、それに何の疑問ももたないあなたも、ちょっとおかしいわ。

 既に以前の記事で説明してきたつもりなんだけどさぁ、「科学っぽいから騙される」というのならば、
「もし万一これをあなたが科学的と思い込んでいるとしたら(仮定)、それは違うよ」
 というアナウンスでもでいいわけだよね。
 で、無理に『ニセ科学』の「判定」をする必要がどこにあるのかな?

 必要が無いところで「議論が起きるのは必定」になるのは、そりゃ「テーマ」の問題ではなく、討議者の質の問題よ。

 って言うと「“ニセ科学”のレッテルを貼ることこそが必要だ」って言かもしれないけどね、少しは頭使って考えてみて。
 そんなのに頼らせるようにしたりしたら、「判断力低下、レッテルの盲信」を招き、かえって「ニセ科学が蔓延しやすい土壌」を作るようなものよね。
 しかも、目印として機能させるなら、「全てに貼らなきゃ」かえって危ない。
 だって、「貼ってない」ニセ科学にはかえって引っかかりやすくなるんだからさ。
 でも、「優先順位問題」なんて言っているウチは、そんなの夢物語よねぇ。

 って事は、心理系、社会系であれば、ちょっと考えればすぐ思い付きそうなもんだけど、そういう奴は面子にいなかったのカナ。
 そもそも、そんな事より先に話すべき事があったんじゃない?
 どっかで、目的が別なものにすり替わっちゃってたとしか思えないねぇ。

 でも、見てたあなたすら「起きなかったらおかしい」と思い込んじゃうぐらいだから、実際に議論している人が何の疑問も持たずに不毛な論争してたのは目に映るわね。ハッ
 非建設的議論の見本だよ、ホント。
 
 私が20年前ネットに繋げられてそれを見つけてたら、諭すか馬鹿にするか、どっちかしてただろうね。
 
で、そういう議論が重ねられてくうちに、議論している人達(私は参加してないけど)の間で「このくらいならニセ科学と判定していいだろう」っていう共通認識が得られてきたんでしょ?それが現在の状態。

 へっ?20年近くそんなくだらない事議論し続けてたんだ...はぁ...
 で、その成果が『「このくらいならニセ科学と判定していいだろう」っていう共通認識』?
 つまり、「一部の人間だけが了解する非常に不明瞭な区別」を20年間かかってやっと作ったって事ね。

 う~ん、「自己満足ご苦労さま」って言うのが正直な感想。酷い無駄骨。
 あなたもよくそんな議論見るのに耐えられていたわね。
 っていうか、見てたんなら「そろそろ無意味な事やめたらどうでしょう」って言ってあげなさいよ。

 そのリソース全てを実質的な「ニセ科学対策」にまわしていた方がよかったと思うよ。

Judgementさんの言い分だと、それを全部巻き戻せって事になっちゃうのよ。
それだとまるで、周回遅れの人が先頭集団に向かって「お前らもこっちに来い」って言ってるみたいに見えちゃう。

 巻き戻せ、って言われても、巻き戻せるほどまともに進んでないでしょ、そちらさんは。

 だってさ、20年間かけて自己満足な「一部の人間だけが了解する非常に不明瞭な区別」を作ってたんでしょ。なんとも非効率的。
 
 っていうか、普通自分らの事を「先頭集団」って言わないわよね。どんだけ増長?
 しかも、しつこいようだけど『20年間かけて自己満足な「一部の人間だけが了解する非常に不明瞭な区別」を作った』ような集団なんだよね。
 それで、「先頭集団」って...コース外れて誰もついて来ない事をそう言うのかしら。

 むしろ、ニセ科学批判側が「お前らいいかげん走り始めろ」って言われてるシチュエーションの方が近いと思うけどねぇ。
いや、何となく気持ちは解るような気もするんですよ。
ニセ科学を定義する事自体に権威主義的な匂いを嗅ぎ取って嫌悪感を感じてるのかもしれないし、それに盲従してる(ように見える)人達にもイラつくんでしょう。
そういう気持ちだったら、理解出来ない事も無い。
要するに「てめえのケツはてめえで拭け」「自分の頭で考えろ」って事かな?

 まぁ、確かにそれはあるけどね。
 加えるなら「自分で吐いた唾、飲み込まんとけよ」って感じかな。
 やっている事と言っている事のギャップが広がる一方で、攻撃欲求が高まっているから、どんどんダブルスタンダートな部分が顕在化している所も嫌い。個人的にはね。

 「自分の頭で考えろ」ってのは当たり前すぎて言う必要が無いと思っていたけど、どうもそうじゃないみたいなのは正直ビックリよ。
でも、いかにも議論の筋が悪い。

 ...「筋が悪い理由」書き忘れてるよ、しっかりしなさいよ。

 というか、議論の筋だか、牛スジだか、裏○ジだか知らないけどさ
 20年間無駄な議論眺めてて、その不毛さに気付かなかったあなたに「議論の筋」を問われたくないなぁ。

 ま、お前がもっと頑張れよ。

 あ、そうそう、これこれ、これ指摘しておかなきゃね
おそらくJudgementさんは理解していると思いますが、この「効くか効かないか」という議論自体が、既に科学の問題なのですね。
科学の守備範囲は、効くメカニズムの解明だけではありません。効くかどうかに関して客観的なデータを集め、確度の高い推定を行う、それ自体が科学(の一部)です。
この言い方が気に入らなければ「そうした手続きをまとめて体系化したものを我々は科学と名付けている」でもいいですが。

ですからホメオパシーが「効かないのに効くと称している」のは、まさしくニセ科学の問題なのです。

 あ~あ、そう言っちゃうんだ。
 あんた、それ言っちゃったらもう立派な「科学教」よ。
 「ニセ科学批判」から足洗って、そっちに言った方が多分肌に合ってると思うわ。

 確かに、科学“も”「効くか効かないか」の評価ができるわ。客観的なね。
 そんな事は当然の事ながら知っているわ。
 で、私はあなたが多分知らない事も理解しているのね。
 科学的評価は絶対じゃないのよ。
 そして、「効くか効かないか」の評価は科学的評価だけが持つ特権ではないよね。
 科学でもできるけど、科学だけの問題じゃないし。
 だからこそ、効果の評価を科学の視点だけで下してしまえば、他の評価を尊重する人たちからクレームが来る。まさに私の言う所の「科学教」的扱いになるんだよね。

 モチロン、完全じゃなくても非常に確度は高い。それは分かってるよ。
 だけど、科学の評価はあくまで科学の枠組みの中での評価でしかない、って事こそ“真っ当な科学の理解者”が取るべき態度なんだよね、悲しいけど。

 だから「科学教」と呼ばれたく無い「ニセ科学批判」の主張をよくごらんあそばせ。
 ちゃんとした人ならば、多分、「科学的には効果が無いと判断される」と慎重に述べてるはずよ。

 簡単に言えばね
 効果について「科学的には認められない」と留めるのが(多分)本来の「ニセ科学批判」
 「科学的には認められないから無い」と言っちゃうのが「科学教」って事。

 私が『効かない事』を問題にすると、「科学教」と呼ばれるって言ってたのもそういう事。

 あなたの「効かないのに効くと称している」も、後に何くっつけようが、「効かない」という事を前提にしちゃうと、それは既に「科学教」的な主張なのよ。

 まぁ、とりあえずは「科学的には効果が認められないのに、科学的に効果が認められると称している」と言おうとして、言葉が足りなかったって事にしてあげるけどさ。

 じゃぁ、例えばアレ、あなた方が盛り上げている「水伝」だっけ?
 まぁ、あんなのハナから嘘っぱちなのはわかるけどさ
 あれって「科学的に効果が認められる」って称してたっけ?
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PseuDoctor

あらまぁ、入れ違いですね。

もう遅いので、とりあえずちょっとだけ。

「20年20年」って言うけど、別に共通認識を得る為に20年かかった訳じゃないですよ。「それだけの時間をかけて、これだけの成果しか得られなかった」と読めたとすれば、多分私の書き方が悪かったのでしょうね。

で、ご自分は見ていないのに、私からの間接情報だけで「非建設的で不毛な議論」と決め付けるのですね。
きっとそれも、私の書き方が悪かったせいなのでしょう。

>じゃぁ、例えばアレ、あなた方が盛り上げている「水伝」だっけ?
>まぁ、あんなのハナから嘘っぱちなのはわかるけどさ
>あれって「科学的に効果が認められる」って称してたっけ?
ええええぇぇ?
これってFAQレベルだと思ってたけど。
こんな言い方はしたくないけれど、まさか、釣りですか?
by PseuDoctor (2009-12-05 01:27) 

Judgement

あ、言うと思った「見てないのに」
何か言われた途端「間接情報で評価するな」というのなら
最初から直接情報を見せなよ。ずるいなぁ。

で、水伝のアレかなり巧妙な言い回しよ。
個人的にはtittonさんに軍配。
薬事法違反にならない程度に、CMの表現を工夫するのと同じカナ。
一応、表現者側の人間としては、目くじら立てるというより、感心する。
まぁ、「ニセ科学批判」側には許せないのは十分分かるけど。

でも、アレは「科学的に効果を立証した」とは言ってなくて「科学的に効果が立証されたように見える」という”主観”が混じった評価が限界よね。

また屁理屈こきやがって、ってお思いでしょうけど
なんなんだろう、ギリギリだからこそ、いいや、エイッって針を片方に動かすのは、危険率0.51%で涙を呑む私から見れば科学であるならやっちゃいけない恣意的な判断に見えるのよね。

まぁ、その後彼が「科学的に効果が立証された」と明言されたなら、認識変えるけど、でもその前から攻撃してたよね。

ただ、そのあたりは正直不勉強。
認識不足の可能性は大。
だから、間違ってたら訂正するのもやぶさかではない。

なにせ、波動関連は昔から叩かれ続けているし、水伝はさらにツッコミどころが沢山有るから散々攻撃されて、ほとんど参入の余地が無さそうだったから、あまり深入りしてないんだよね。
by Judgement (2009-12-05 02:06) 

タカキ

件のエントリのPseuDoctorさんのコメントに同じような考えになったけど、よくここまで毒々しい文章になるものだとJudgementさん文才に感動すら覚えます。

周回遅れの人の例えが出てましたが、Judgementさんが言いたいのは1周多く回ってるのならその軌跡を見せて下さいよ、でしょ。
その軌跡って20年前に得られた共通認識を他人に説明してくださいて事。
そして、その共通認識をJudgementさんに説明出来ていない(不明瞭な区別としかわからせていない)からこそ「非建設的で不毛な議論」と評価してるんじゃないですか?

「20年」の話は私は20年前にその議論をしたと読みましたが、20年間続けて来たとも読めなくはないが…ねぇ(^^;;
by タカキ (2009-12-05 02:18) 

トンデモブラウ

一般人に理解させるのには、「科学教」的なきっぱりした言い回し、というか簡潔な断言の方が有効だと私も思いますけど、やっぱ本物の科学者はこの辺に”嘘”が含まれる可能性を無視できないのだよなぁ。
プライドとか忸怩たるものでしょうか。
だから面倒臭いヤカラに絡まれちゃうんですよ、もぉ。
でもそこを崩しちゃうとやっぱ泥にまみれちゃうんですよね。
被批判者と同じやり口になるので。

きっと当事者もやりたいこととできることが乖離してて、その溝はきっと永久に埋まらないグレー・ゾーンが広がっていることは分かっているんでしょう。
物事の全ての機序明らかになることはないのでね。
ここの隔靴掻痒感をさっぱりさせるのは、『黒く塗れ運動』なんですけど。
もぉ20年前と言わず主張してるけど、まぁすがすがしいくらいに無視ですな。(当然ですが。)
科学教のような胡散臭さもなく、科学の啓蒙活動にもなると思ったのに・・・

現状のニセ科学批判は、いんちき臭いかつ社会的によからぬ影響のあるものの中で、効果や機序の説明が”全く”科学的じゃないのをニセ科学と呼んで科学的に批判しているだけであって、『科学を装っているから悪い』から批判しているのでも問題にしたいのは『効かない事』でもないと思う。
まぁこれも科学者がやるからいいんでしょう。

心理学って現状では人文科学とか社会科学でしょ。
この分野は日本語は科学がついてるけど、Scienceではないし・・・
こっからなら科学教的一刀両断も可能かもよ、なんて。
by トンデモブラウ (2009-12-05 14:28) 

MORIX

一方的に書いたコメントに、お返事ありかとうざいます。
どこに投稿して良いのかわからなくなってしまったので、最新の記事にさせていただきます。

【PseuDoctorさん】
皆さん、20年も前から「ニセ科学批判」の現場にいるんですね。私は完全に新参者ですので、これまでの経緯が分かっていない発言も多々あるかと存じます。ご容赦ください。
>MORIXさんの言葉を「原点に帰れ」という意味に解釈するならば、
>傾聴に値するご意見だとも思います。
原点を知らないので、「原点に帰れ」と言える立場にないのですが、帰ることが正しいのなら帰れば良いでしょうし、正しくないのなら帰らなくても良いでしょう。凡庸な言い方ですみません。ただ20年も議論を戦わせて来たのなら、相当の止揚もあったことでしょうから、無下に帰る必要もないかと思います。
>そこのコメント欄でも私は「分裂とも対立とも思わない」と述べています。
すみません、読んでいませんでした。確かにそうおっしゃってますね。「自分の中の「異なった視点」を失いたくないから」というのは是非見習いたい、立派な姿勢だと思います。ただ残念なことは、PseuDoctorさん自身が、
>前にも書いたと思うけれど「ニセ科学批判」と「ニセ科学批判批判」
>を対立軸で捉えようとするJudgementさんの見方には賛同できません。
>内部分裂だとも思いません。
と書かれていたように、Judgementさんの方からは歩み寄られたくはないようですね。ですから「MORIXさんの目にはそのように見えてしまった、という点は心しておくべきでしょうね。 」などと気になさる必要はないと思いますよ。

ちなみに私はタカキさんと同様、「20年前にその議論をした」と読んでいました。その直後に「それを全部巻き戻せって事になっちゃう」と書かれているので、「20年かけてようやく今共通認識ができた」と誤読するようなことはありませんでした。

【Judgementさん】
長文、お許しくださってありがとうございます。
>それぐらい違うんだから「歩み寄る」なんて有り得ない。
>特に向う側にとってね。
もったいないですね。向こう側にいるPseuDoctorさんが「対立してない」とおっしゃってるのに。しかし私個人はJudgementさんの考え方に賛同できるところ「大」です。切り口も鋭いし、PseuDoctorさんのおっしゃる通り「異なった視点」を提供していただけるし、理論の精度は「ニセ科学批判」の方たちより高いと思います。
特に
>あと、私とMORIX さんの認識の違いについて。
>MORIX さんは「ニセ科学批判」を「純粋に科学の範疇」で行うべきだとお考えのようですが、私は違うと思っている。
>まぁ、「ニセ科学の否定(科学と言っているがそうではない)」は、確かに『科学』により行うべきだ、そこは同じ。
>でも、じゃぁそれが目的かというと「ニセ科学の蔓延防止」が本来の目的(とは言っている)のだから、
>そのためには「主観」渦巻く『社会』と接点を持たなくてはいけない。
>となると、単なる『科学バカ』ではダメで、『社会を認識』する能力も必要となる。
これはまったくその通り。私の主張したかったことを正確に明文化して下さっている。前回私があまりにも「主観の排除」を主張したために誤解を与えてしまったのかもしれません。が、私も「社会との接点」が大切だと思うからこそ、「ニセ科学の蔓延防止や予防」を標榜したのですし、第三者へ与える印象についても言及したのです。そもそも「社会を認識する」ことを訴える為に、前回厚かましくも投稿させてもらったようなものです。私の方からは、この点についてのjudgementさんとの認識の違いはないつもりです。


ただし違うのは【効果がある事を”信じた”ままではいけない】の中でおっしゃっていたことについて。
大して違う訳ではないのですが、「ニセ科学の蔓延防止が本来の目的(とは言っている)のだから、」とおっしゃる際に、括弧付けまでして(とは言っている)と確認をとらせてしまうほど気を使わせてしまったようなので、そのすれ違いついては説明しておきます。
Judgementさんは「本来なら「科学的エビデンス」が必要であるが、それは時間、金銭的に不可能であろうので、「誰も効果を実証しないのはしょうがない」というのはいいとしても、だからといって「効果は実証された前提で考えよう」なんてのはあり得ない」という趣旨で批判されていましたが、私はそもそもこの問題に「科学的エビデンス」など必要ないと考えます。大げさ過ぎです。

引用されていたのがどこかの財団で、「有効な公共政策や制作実務は科学的エビデンスに基づいていなければならない」という言葉であったことが示しているとおり、今回の問題が数百万とか数億の巨額を投じたプロジェクトであったのなら、その効果を示すのに「科学的エビデンス」も求められましょう。投資者やスポンサーや納税者の納得のいく効果を上げなくてはなりません。しかし法人化すらされていない「ニセ科学批判」ですよ。前回私が提案した通り「一人でも躊躇させられれば十分有意義」だとして良いのではないですか? ホメオパシーで言えば私の周囲だけで数人は躊躇させられましたし、5〜60人の知人には予防線を張っています(実際予防できるかは定かでありませんが)。リサーチするだけで数十万円では済まない費用がかかるであろう「科学的エビデンス」を求める必要はありませんし、Judgementさんも予測されている通り不可能でしょう。

Judgementさんは、「レアケースを普遍的と解釈する認知バイアスの危険性」を指摘され、「ニセ科学を信じる人と何も変わらない」と言います。メカさんも「効果のない疑似科学批判というのはホメオパシーみたいなもんだ」とおっしゃっています。これはホメオパシー信者がよく口にする「私が治ったのだから効果がある」という言葉と同じ過ちを「ニセ科学批判」側も犯している--という批判でしょう。そこには薫製ニシンの虚偽に近い、論点の齟齬が生じているようです。これも私が説明するまでもなく既知のことでしょうが、薬やレメディーの効果を証明するためにレアケースは用いることはできません。定量性の高い統計学に基づいた証明が必要です。一方「ニセ科学の蔓延防止」は一人食い止められただけで「有効」となり、「科学的エビデンス」など必要ありません。まったく性質の異なる二要素を同一視した故に論点がズレてしまったようです。

ただし、1人を食い止めることができても、その影で100人が「ニセ科学批判」にネガティブな印象を持ってしまったら、それはたちまち逆効果となってしまいます。だからこそ私は「社会を認識する能力」を求めているのであり、感情論ではない「客観的な判断」を皆さんに求め、「歩み寄り」を求めているのです。もちろん「ニセ科学批判」内でも議論し合い、批判し合うことは大切ですが、その際には冷静で「客観的な言葉」を使い、理論の是非だけを問うべきです。人格否定は要りません。
>でも、MORIX さんの期待と私の思惑は違うようなので、このキャラは続けますが。
現時点の私はJudgementさんの思惑を知らないので、無理強いはできませんね。きっと深遠なる思惑がおありなのでしょう。「集団」と「個人」の違いで、主観的で扇動的な言説を許されるresponsibilityやaccountabilityの差が生じるという主張も、その論拠がよく理解できていない私です。よろしければ、ご解説をお願いします。

ただもしそれが、「ここに来た皆さんへ」内で語られている「麻痺毒」のことでしたら、ご自身で懸念されている通り「度が過ぎると、ギャラリーへ不快感や反感を与えるという逆効果も十分予測できます」の逆効果の方が大きくなるものです。ネガティブキャンペーンは選挙などで短期的には効果があっても、長期的視野には耐えられないものです。その中でも多用されていますストローマン論法は、大変印象の悪い物ですし、議論の中核から逸脱し、論点をすげかえ、相手を感情的にさせてしまうものです。聡明な方ですからそれも計算の上で行われているのでしょうが、聡明な方であるからこその御一考を期待します。
by MORIX (2009-12-05 19:33) 

bandicoot

周回遅れ

そろそろこの「周回遅れ」って表現はやめてみてはいかがでしょう。
なんだかレースみたいなイメージがついてまわります。

トップ集団の皆様は第2集団以下を引き離したいのでしょうか。
「ニセ科学の蔓延防止」が目的なら、独走態勢はまずいかと思います。

勝負じゃないんで、この際トップ集団がペース落とすのもありだと思うんですが。


by bandicoot (2009-12-05 23:39) 

naoko

社会との接点を持つと、結局は常に‘めんどくさいこと’になります。

ニセ科学を信じることをやめさせることのできる人→①自分の体験から効果がないとわかった人、②もともとスピリチュアルに比較的親和性の低い人
※そういう人は、「科学的にはありえない」と言われれば、あっさり納得。

ニセ科学を信じることをやめさせることが困難な人→①もともと信じたい人(他に頼るものがない人・スピリチュアルに惹かれる人など)、②効果があると知った人(体験談・自分の経験などから)
※①では、依存的にカルトに惹かれる人と、神秘体験に惹かれる人がおり、宗教カルトへ惹かれる場合によく似ている。
※②では、それこそ「信じるものは救われる」で、そこにあるのは「信仰」そのもの。

したがって、‘困難な人’に対しては「科学教」的に強く迫っても、そこで、宗教戦争が起こることは必至。それが、‘めんどうくさいこと’ですね。そうした取り組みを懲りずに持続できる人は、有る程度『科学教信者』である必要があります。信者であれば、大義のためですから、信者でない人にとってはゴメン蒙るような困難・試練も乗り越えるべき価値を持つのです。

では、『科学教』にとっての大義とは何でしょう?
それは、『科学的思考法が広まることが人類の進歩であり、人類は進歩しなければならない』ということでしょうか。
そうした考えは、ソクラテスの昔からの真理ではあるのですが…。
でも、現代のニセ科学批判者たちの繰り広げる論争は、ソクラテスほど軽やかでも、可笑らしくも、愛らしくもない。ま、宗教戦争ですから、致し方ないとも思うのですが、一方では、人間自体に興味を持てなくて、どうして人類の進歩を考えられるのだろうか?という疑問が自然と沸いてくるのです。
by naoko (2009-12-06 03:56) 

MORIX

【naokoさん】
「やめさせやすい人」と「困難な人」の識別、整理されており分かりやすい良い指標だと思います。そして「めんどくさいこと」という表現もユニークで的を得ており、今後の展開を拡げてくださるという点で助かります。なによりnaokoさんは、これまでのコメントでも感情的ではない客観的な発言をなされているので、議論を「人格の中傷・揶揄」から「本題」に戻して頂けそうです。

「めんどくさいこと」--つまり重度のニセ科学(カルト)信者をやめさせるのは、私も最初の投稿で触れさせていただいた通りの、「ニセ科学批判」の範疇を超えた、それこそ「めんどくさい」活動を必要としますよね。ネット上での「ニセ科学批判」をいくら続けても「ニセ科学根絶」は達成できません。しかしそこから先に必要となるのは、naokoさんのおっしゃる「懲りずに持続できる人は、有る程度『科学教信者』である必要」ではないと私は考えています。「困難な人」を説得したり「根絶」するために必要なのは、訴訟や市民運動、ロビー活動による法制化、条例化の促進、マスコミを通じてのキャンペーンなどの社会的運動となる「めんどくさい」こと、そしてカルトエデュケーションと呼ばれる活動や差別撤廃、被害者家族を含めてのカウンセリングなどの献身的な救済処置やシステム化された受け入れ体制などの「めんどくさい」ことです。そしてこれは、個人の力では無理な活動ですし(資金的・時間的制約や攻撃対象となる危険性からも)、現在の「ニセ科学批判」が次のステップとして標榜すべき、努力目標であると言えましょう。

これも私の最初の書き込みの繰り返しとなりますが、科学とは信仰すべき対象ではありません。「では、『科学教』にとっての大義とは何でしょう」と書かれていましたが、科学は「宗教」ではありませんし、よって「科学教」にもなり得ません。教義も大義ももちろんないのですが、敢えて挙げるとすれば、これも最初の投稿で指摘した「懐疑主義」。つまり何かを妄信したりしないことが、科学的態度なのです。

naokoさんだけでなく、ここを訪れる方の中にも「科学」に対する誤解が散見されるようです。ソクラテスに関しても「ソクラテスの昔からの真理」は「科学」ではありませんので、訂正させて頂きます。ソクラテス(厳密にはプラトンが書き残したソクラテス)の時代の哲学は、アポロンの託宣やプラトンのイデアなど、人間を超えた存在を「真」とするギリシャ神話を元にした哲学です。ソクラテスはアレテーを貫くために壮絶な刑死を遂げていますので、その「対話」は決してnaokoさんの想像するような「軽やかで、可笑らしく、愛らしい」ものではなかったはずです。それは欧州のスコラ哲学に移行しても同じことで、神学を中心とした理論学や言語学が当時の哲学であり、自然科学も自然哲学と呼ぶべき段階の権威主義の強いものです。現代の科学的弁証法の萌芽は、デカルトの「方法序説」まで待たなければならないというのが私の認識です。

by MORIX (2009-12-06 11:08) 

naoko

>MORIXさん
当時の自然哲学が、科学の原点であるという意味で、あえて『ソクラテスの時代の科学的思考法』と言ったのですが、正確な物言いではなかったとは思います。
ただ、実際プラトンやクセノフォーンの書き残したものから判断するに、やはりソクラテスの言論活動は、たとえ、老年期に差し掛かって、裁判で自分の生命がかかっている時でも、死刑が確定した後でさえも極めて初々しく、軽やかで、愛らしいものです。
また、現代人にとっても、その思考法は実に現実的で、生きていく上で的を得た適切なものであると感じます。
デカルトは読んでいないのでなんとも言えませんが、たとえばフーコーとソクラテス、どちらと議論したいかと問われれば、わたしは迷わずソクラテスを選びます。
そういう認識ですね。
また、人間を超えた存在を『真』とする姿勢は、一人の個人として、現在でも健全な態度であると感じておりますので。
そういう意味では、科学的弁証法は、一つの思考法として、適切な場合とそうでない場合があるのではないかとも。
いずれにしても、より広い意味で『科学的思考法』を捉えたいという趣向です。
議論がより軽やかなものであるために。
なぜなら、それが一般的な人々にとってよりふさわしいと考えるからです。
by naoko (2009-12-07 01:17) 

MORIX

【naokoさん】
迅速で、適確な返答ありがとうございます。わざわざ言うことではないのでしょうが、冷静に事実の擦り合わせだけをしてくださる方とのやりとりは気持ちが良いものです。認識や意見が分かれても喧嘩腰になることなく、議論は成り立つものですし、「人格否定はやめましょう」というのが、私の一連の投稿における主張ですから。わざわざ言ってみました。議論とは、naokoさんのおっしゃるとおり「軽やかに」いきたいものです。
私が議論や「対話」に求めるものも、おそらくnaokoさんと同じでしょう。止揚です。「勝ち負け」とか「勝利宣言」などではありません。私なんかはデカルトどころか、フーコーもプラトンもその著作は読んではいません。新書などの入門者用解説書を齧っている程度です。それぐらい浅学な知識ですので、naokoさんのように認識されていた方とのやりとりからも、アウフヘーベンが生まれるのです。

例えば今回でいうと、前記でnaokoさんがソクラテスを引き合いに出された理由がようやく理解できまことですね。「科学的思考法」と「宗教観」は対立しない──というのがnaokoさんの立ち位置なのですね。「人間を超えた存在を『真』とする姿勢は、一人の個人として、現在でも健全な態度」わたしもまったく同感です。私自身は無宗教ですが、ウォトカで動くロボさんのように「科学」を支持しつつ「クリスチャン」である方もいらっしゃって良いと思いますし、西欧の科学者はたいていクリスチャンですからね。

ただ私は「科学的弁証法」「科学的思考法」(呼び名はどちらでも良いですが「科学的方法」が一般的のようですね)を、naokoさんのおっしゃる「より広い意味で『科学的思考法』を捉えたい」とするよりも、より「狭く厳密に精確に捉える」方が「科学」と「宗教」の両者にとって幸福であるように考えています。その理由を説明しようとすると、議論がまた次のステップへと止揚されるのでしょうが、「科学的方法」はこのブログの本館を覗くかぎりjudgementさんの十八番のようですので、ここのところ出しゃばりすぎた自分を反省しつつ、Judgementさんの登場を待ちたいと思います(彼女の負担にならなければ)。

by MORIX (2009-12-07 04:32) 

naoko

>MORIXさん
ひとつだけ。
わたしは『科学的思考』と『宗教観』が対立しない場合も有りうるとは考えていますが、現実を見て多くの場合は対立しているとも考えています。
基本的に、既存の多くの宗教の持つ排他性をわたしは嫌悪しています。
さまざまな宗教に頷けるところが有ると感じる一方で、それらの宗教における信仰のあり方には否定的な見方をせざるを得ない面が多すぎます。

その一方で、ある種の畏敬の念を持たない人間には近づきたくないとも感じます。
そうしたことは、たぶんMORIXさんには、伝わっているとは思いますが、念のため言葉にしてみました。

Judgementさん、勝手に話を進めてしまいましたが、ちょっとエントリーからは離れすぎたようです。
勝手に自分の興味の分野にもちこんでしまいました。

とりあえず、これにて。
by naoko (2009-12-07 08:25) 

Judgement

ざっくりお返事。
まず、複数の方が話題にしている事から。

 私は「得られてきた」という表現を“現在進行形”と読んだんだけどね(“得られてきた”のが“現在の状態”と言うのだから尚更)。というか、少なくとも現在よりも過去の時点でそうなった、という話をするのであれば、「共通認識が得られた。それが現在まで受け継がれている」と書くだろうし...ねぇ。

 どうかしらん?こっちの方が無理のない解釈に思えませんか>タカキさん
 センター現代文・漢文ほぼパーフェクトの読解力を持つ私が言うんだから、間違いない(笑)。ま、私の読解力云々は冗談半分として、皆さんが思うほど雑な読み方はしてなくて、結構語句は細かく検討した上で解釈しているつもりよ(まぁ、「弘法筆の誤り」も無いとは言えないけど←だれが弘法だ)。

 あ、「巻き戻せ」も、「既に巻いたものを戻す」と「今まで巻き続けてきたものを戻す」とどちらの意味にも取れますよ >MORIX さん。

 まぁ、書き手が、改めて「違う」とおっしゃるなら、それを別に疑う理由も無いし(確かめられないしね)、私も改めて「あらそうなの、だったら最初からそう伝わる書き方しなさいよ」と言うだけですけど。>PseuDoctorさん

 でもさ...となると、現在の新規参入者は、古参の人が勝手に決めた「共通認識」を議論も無しで受け入れさせられてるって事かしらん。それはそれで...

 あと、20年なんてハッタリに気圧(けお)されちゃダメよ>MORIX さん
 20年やってもダメな奴はダメだし(「血液型と性格の関係」だって、20年以上やられていたけど、だからといってなんかポジティブな結果が出ているわけではない)。

 「知識」がいくらあっても、「考える方」がしっかりしてなきゃダメ(某A君みたいにね)。
 新参者と見るや「~を知らないのか、~を読んでないのか」と「知識」を披露したがる人が出てくるものだけど、そういう人ほど「知識」しか拠り所が無かったりするから、知らないからって別に萎縮する必要はないからね(してないと思うケド)。
 そういう意味では、MORIX さんは非常に筋が良いと思うわよ...な~んて偉そうに言ったりして(まぁ、持ち上げておいて落とすのが好きな私だからお気をつけて)。


【タカキさん】
>よくここまで毒々しい文章になるものだとJudgementさん文才に感動すら覚えます。
 ありがとうございます、最高の褒め言葉です。
 単に「感情的」な人間には、絶対書けない文章だと、自負しておりますっ!

>その軌跡って20年前に得られた共通認識を他人に説明してくださいて事。
 現時点では、その説明すら不要、って感じてますけどね。
 「自分が一番正しい合戦」的なくだらん論争にかまけてたようにしか見えないカラ。
 説明するんなら、『その共通認識を作る事が、自ら掲げる「ニセ科学蔓延抑止」にどんな意義が有ると判断してた上でやっていたか』って事の方がまず先かな。


【トンデモブラウさん】
 『黒く塗れ運動』が具体的にどういうものなのか、私はまだ聞かせてもらって無いはずだけど、良かったら「面倒臭いヤカラ」に聞かせてごらん。
 ちなみに私は「科学」も「宗教」も、「ニセ科学」も「ニセ科学批判」も、そして「ニセ科学批判批判」も全部疑え、って言う意味で『灰色に塗れ運動』を推進したいね。

>心理学って現状では人文科学とか社会科学でしょ。
>この分野は日本語は科学がついてるけど、Scienceではないし・・・
 なんだとコラ!!...って言いたいところだけど、否定はできないねぇ。
 まぁ、科学ではなく、科学になろうとしている分野ってとこかな?
 でも、だからこそ「科学とは何か」という、とっくに科学と呼ばれて久しい分野にとって考えるのも“めんどくさい事”が、“当然考えなくてはならない事”として捉えられるのかもしれませんね。


【bandicootさん】
 そもそも、「周回遅れ」って...ねぇ
 「象徴的自己成就」と言って、「未完成な者ほど自分がいかに完成されているか強調し、完成された者ほど強調しない」という現象があるんですが、それで言えば誰が疑う事も無いぐらい本当に先行しているんなら、わざわざそんな事言う必要も無いし、それこそbandicootさんが言うような態度を取るんでしょうけどね。


【Naokoさん、MORIX さん】
 濃いぃ議論をしててくださってありがとうございます。
 色々と宿題を投げられましたが、多分コメント欄には膨大な量になりそうなので、おいおいアンサーになるような記事を書きたいと思います。
 あ、別に、「両者へ返信しなくちゃ」という義務感ではなく、単純に「記事にする価値の有るテーマ」と思ったからなので御気遣いなく(...って、別にその他の人のコメントが価値が無いって思っているわけじゃないからねっ)。
 とはいえ、私の頭はシングルタスクなので、気長にお待ちくだされ。
 あと、どうぞご自由に議論を深めていただいて結構ですよ。
(その代わり、私に言われている前提でコメントする場合があるのでご了承を...って言っとかないとね>メカAGさん)
by Judgement (2009-12-07 23:22) 

MORIX

【Judgementさん】
「得られてきた」を英文法に照合するなら"現在進行形(〜している)"とするより、"完了相"の方が適切でしょう。しかし日本語は英語に比べ時制表現の精確さに欠ける言語です。同じ完了相でも現在完了と過去完了の差異を動詞の相で表すことができません。国語文法で「得/られ/て/来/た」と品詞分解してみても「動詞/助動詞(受け身)/助詞(継続)/動詞/助動詞(過去)」となるだけで何の役に立ちません。すると副詞句にあたる表現に頼るしかないのですが、それが「20年前のNifty-Serve」なのか「それが現在の状況」なのかがPseuDoctorさんの文脈からは判明しません。ですからJudgementさんの誤読はtextのせいです。私は「それを全部巻き戻せって事になっちゃう」の方を拠にしました。Judgementさんは『「既に巻いたものを戻す」と「今まで巻き続けてきたものを戻す」とどちらの意味にも取れますよ』と2つに分析されていますが、「巻き戻す」という表現自体はカセットやピデオテープを比喩にした表現ですから、後者の方が妥当でしょう。つまり私とJudgementさんの読み取りは、その部分では一致しています。しかし「全部」がimplyするのは「ようやく共通認識を得られた最近のこと」よりも「20年」の方であろうと私が判断しただけのことです。「私は誤読しなかった」というだけで、Judgementさんに落ち度があった訳ではありません。元凶はやはりtextです。

つまらない「言葉尻」にこだわってみました。が、それは今回の主題に繋げられると思ったからです。自由に議論を進めても良いとおっしゃってくださったので、少しだけ進めてみます。……というより、Judgementさんに確認したいことについてのお話になります。

私はここにいらっしゃる皆さんの中で、Judgementさんが抜きん出て「科学的」であると評価させていただいてます。それはJudgementさんの数々の発言から、「意思疎通は成立しなくて当然」「自らの思惑が伝わると思うのは甘えだ」「発言と本心は乖離するものだ(人間は裏表がある)」という、人間関係に対する毅然とした態度が伺えるからです。「言葉」に対するJudgementさんの姿勢はいつも厳密で適確です。私たちは「言語」で世界を認識し、思考を構築しています。「言語」は伝達ツールではあるが万能ではありません。誤解を生み出し、悪用も濫用もされ、意図的ではなくても誤用されます。Judgementさんは、そんな言語の性質をよく理解されており、上手に活用されてます。それは「科学」も同じではないでしょうか?

この場では誰にも相手にされないまま、クドい程に繰り返していますが、「科学」は信仰の対象ではありません。「宗教vs科学」「ホメオパシーvs科学」などの対立概念として、並列に扱うこととは誤り。「科学」とは信じる対象ではなく、「言語」と同じようなツールなのではないでしょうか? Judgementさんに確認したいのはこのことです。

私が捉える「科学」とは人類にとって、世界を認識し、思考(論理)を構築するツールです。万能ではなく、誤解を生み出し、悪用も濫用もされ、意図的ではなくても誤用される──ことは説明するまでもないでしょう。「ニセ科学」がそれです。そして何より「科学」は「伝達ツール」なのです。エスパーではない我々は、「言語」なくして意思疎通ができません。「言語」も私たちの思考を「客観化」し「相対化」するためのツールですが、日本語と英語とで時間の概念に差異があるなどの障壁もあります。しかし「科学」はそれをさらに精緻に「客観化」したシニフィアンとして、国境をも超えられます。おかげで我々は「数」で「記号」で「演繹」で「帰納」で科学的事実を共有したり、比較検討できたりします。Judgementさんもそのために「言語」と「科学」の両者を尊重されているのではないでしょうか? そうすると「科学を信じる」というのも「日本語を信じている」と同様に、おかしな物言いだと思えませんか。ツールを信じているのですから。

「ニセ科学」にも「ニセ科学批判」にも「ニセ科学批判×4」にも、懐疑の目を向けられるJudgementさんは、「人と人とは分かり合えない」「我々は主観の檻に幽閉されている」という現実を理解しているからこそ、ご自分自身にも「客観的精確さ」を求めるほどの厳しさを課すのではないでしょうか(確定はできませんが、私にはそう映ります)。「客観性」を持つということは、それが「言語」であっても「科学」であっても、我々が共通の土俵に立つ為のツールなのですから。

naokoさんの嫌悪する「多くの宗教の持つ排他性」というのは、宗教の「絶対主義」的側面のことでしょう。同様に多くの「ニセ科学」も反証可能性を排し、すなわちコミュニケーションも比較検討をも拒絶しています。Judgementさんは、さらに「ニセ科学批判」の内輪ノリや権威による思考停止にも同様の閉鎖性を感じ、またその中の個人(某A君という方は存じませんが)である「知識を披露したがる人」にも「知識しか拠り所のない人」にも同様の選民意識を感じるのではないでしょうか。だとしたら、それはそのままJudgementさんが「科学的」であることの証左となると思うのですが。
by MORIX (2009-12-08 22:35) 

PseuDoctor

こんばんは。

いやぁ、今日は頑張ってコメントしてるなあ>自分
流石にちょっと疲れてきた(読まされる方も?)けど、取り敢えずこれで終りだから。

まず本文の方。
>20年前はネットに繋げるほど裕福じゃなかったからNIFTY-Serveのやりとりなんかは知らないわ。
細い話だけど、私がやってた頃のNIFTY-Serveはパソコン通信。「ネット」と言っても間違いではないけれど、少なくとも「インターネット」じゃありません。

>「菊池誠先生は心理学系の活動は眼中にないんかい」ってちょっとムッとしたわよ。
ああ、そうか。
Judgementさんは心理畑の人だから、心理学にプライドを持ってるんですね。私はそこの認識が充分でなかった。
これは申し訳なかったと思う。いや、マジで。
何故なら、他ならぬ私は、Judgementさんを理解したいと努力(あくまで「努力」ね)していると自負しているから。

そのうえで敢えて言わせて貰うなら、プライドがかかっているとはいえ、ちょっと過敏に反応し過ぎじゃないのかなぁ。
そりゃぁ「心理学界ではメジャーな話題」かもしれませんよ。でも、心理学の研究者が何人居るか知らないけど、科学者全体に占める心理学者の比率って、やっぱり「一部」でしかないでしょ(あくまで「数」の問題よ)?
だったら、仮に全ての心理学者が認識してるとしても、科学者全体からみれば「一部の人しか認識してない」って言っても全然おかしくない。

もひとつ言えば、心理学は決して軽視も無視もされてないと思う。例えば、私は菊池“聡”先生の大ファンだし、尊敬してる。目の前に居たらサインをねだっちゃうくらい。
それに、ご存知かもしれませんが、こういうシンポジウムだってありましたよ。
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1196840389

>それは「起きなかったらおかしい」ような状況こそがおかしいよね。
>ついでに、それに何の疑問ももたないあなたも、ちょっとおかしいわ。
ここはそんなにややこしい事を言ったつもりはなくて、要するに「自分からみて『間違ってる』と思う事を主張してる人を見たら、それを指摘したくなりませんか?」って事を言いたかったのね。Judgementさんだってそうでしょう?
まあ「指摘したくなるとは限らない」って反論はアリだけど、指摘したがらない人が何人居ようが、指摘したがる人が少しでも居さえすれば、議論は起こりますよね。

>で、無理に『ニセ科学』の「判定」をする必要がどこにあるのかな?
ダメですよぉ、前提条件変えちゃぁ。
私のコメントは、Judgementさんの
>素直に「ニセ科学の認定は私の主観で判断」って言えばいいんじゃね?
に対する反論として書いたものですよ。「判定そのものが不要」っていう主張に反論するんなら、もっと違う事書きますって(今日の他のコメントにも少しそれっぽい事書いてますけどね)。

次はコメント欄。
>あ、言うと思った「見てないのに」
「言うと思った」っていうのも相当子供っぽい言い回しだと思いますよ。
まあ「そういう、子供でも出来る様な切り返しされたくなかったら、ちゃん説明しろよ」っていう意味に取っておきますけど。

で「水伝」については、基本知識はお持ちの様ですから、それを踏まえたうえで腰を据えて議論するとなると、結構大変になるのは目に見えてます(ある程度は展開も予想できるし)。
なので、取り敢えずはパスですね。そもそも私が振った話題じゃないし。

それから、文章解釈については、私は既に「私の書き方が悪かった」と書いていますし、Judgementさんも積極的にこれ以上の説明を求めていないようですから、これも止めておきましょう。

あと「20年」についても、別に「長くやってたから偉い」とかそういう事を言いたい訳じゃなくて、むしろ単なる繰り言です。長くやってれば同じ様な議論にもぶつかるし「またかよ」って思う事もある。
Judgementさんは心理畑の人だから「疑似科学問題」はメジャーなテーマだって仰る。という事は、同じ問題認識を共有してる人も以前から周囲に何人も居るって事でしょう?
うらやましいね。
その点、医療系なんて孤独なモンですよ。
いや、孤独なだけならまだ良いよ。ちゃんと資格を持った医療従事者でニセ科学側にコロんでる人なんて、幾らでも居る(と言うと語弊があるけれど)からね。これは悲しいですよ。自分の職業にプライドを持てなくなっちゃいかねないので。
まあ、そんな訳で単なる「繰り言」だから「新参者は口を出すな」とかその類の事を言うつもりは全くありませんよ>MORIXさん
もしそう読めたとすれば、それはひとえに私の筆力の拙さと、私のJudgementさんに対する「甘え」の発露ですね。
by PseuDoctor (2009-12-08 23:22) 

MORIX

【PseuDoctorさん】
私はぜんぜんそう読んでませんよ。お気遣い有難うございます。
by MORIX (2009-12-08 23:42) 

bandicoot

MORIXさん

最初の、
「得られてきた」を~何の役に立ちません。
までの5行は、「得られてきた、って過去完了だろうけど日本語ははっきりしないよね」ってことですよね。
次の文章で、「根拠になりそうな言葉がAとBあるけど、どっちかははっきりしないよね」ですよね。
でさらに次でいきなり「君のは誤読」ってなってるんですけど、すいません、なぜそう至ったのかよくわかりません。

さらにさらにその段落の最後の部分、
「~の方であろうと私が判断しただけのことです。」
から
「私は誤読しなかった」
につながって、
Judgementさんが誤読(でも元凶はもとのtext)
って、こっちの要約は
私がこうだ、っていってるんだから、
私が正しくて
きみが間違っている。(君のせいではないけれど)

ってな感じでしょうか。


いや、実は僕は「20年間」派で。
どこで間違ってたんだろう、とおもって読ませていただいたのですが、よくわかりませんでした。





by bandicoot (2009-12-09 00:10) 

Judgement

もう寝るのでPseuDoctor さんあてにひと言だけ
(珍しく批判ではない)。

PseuDoctor さんって、医療系なんですね
ってHNはそうだけどさ
ちなみに意味は?
私の辞書には無かったから勝手に「ヤブ医者」と解釈しているけど。

実は、そっち分野に関して話そうと思っていたことがあったから
オロロ?って思った。とりあえずそれだけ。
by Judgement (2009-12-09 01:39) 

MORIX

【bandicootさん】

ご本人たちがもうこれ以上触れられたくなさそうな話題なので、返答するのも忍びないのですが……。
『次でいきなり「Judgementさんは誤読」』と至っていることへの質問ですね。ここは確かに判りにくかったですね。それは既に皆さんのコメントでそう至っていたからです。上記のコメントでJudgementさん自身が「書き手が改めて「違う」とおっしゃるなら疑う理由もない」と認めていらっしゃり、PseuDoctorさんも「私の書き方が悪かったせい」とおっしゃっていたからです。ですので「誤読」と「テキストのせい」の2つは私の判断ではありませんでした。Bandicootさんは『私が"完了相"や"全部(20年)"を根拠に「私が正しくて、きみが間違っている。(君のせいではないけれど)」と主張している』ように感じられてしまったのですね。すみません、それも私の書き方が足りなかったせいでしょう。
by MORIX (2009-12-09 19:55) 

タカキ

派手に話題の波に乗り遅れた(><

「20年」話題に関して、私はその議論されていた場はNIFTY-Serveで、既にそこは存在しない。
(最初読んでた当初は5/6年前に終わったと思っていた。正しくは2006年)
その為、その議論は現在進行であるはずが無く、過去のどこかで完了してる。
という感じで(文法を)スゴクてきとーに読んでました。

で、私のコメントの「…ねぇ(^^;; 」はやっぱりNIFTY-Serveの件。
現在進行で議論の場を変えたなら、「議論の場をかえながら」の一言があっても良いはず。(いやあるべき??)

NIFTY-Serveは自身の主観の判断で行っていたことにしかかかっていないと読むのかな。
う~ん、センタ試験の国語の点数捨ててた読解力ではトテモ手に負えませぬ。
by タカキ (2009-12-09 21:58) 

bandicoot

MORIXさん

なるほど、よくわかりましたー
解説、というより答え合わせ、って感じだったわけですよね。
これは失礼しました。

僕はどうも「周回遅れ」にこだわりしぎちゃったようで。
遅れてる側が、「こっちこい」って言える状況って、お互いがまだ「周回」しているってことだととりました。
なので議論はいまだ重ねられている、と。
by bandicoot (2009-12-10 01:16) 

PseuDoctor

こんばんは。

>皆様
私の文章が拙いせいでお騒がせしました。
あ、それともここは「ホットな話題を提供したぜ」って自慢するところかな?

>Judgementさん
ハンドルネームの意味ですか。
一応、造語っていうか、PseudoとDoctorの合成語ですね。
同じ様な事を考える人は何人か居るらしくって、YAHOO!のIDもTwitterのアカウントも「pseudoctor」じゃ取れませんでした。

で、私としてはこのハンドルに幾つかの意味を込めてます。格好良い方から言うと「PseudoScience」を治療する「Doctor」になりたいってのが一つ。格好良すぎですね。
それから、使い始めた頃の「まだまだ俺はホンモノじゃない」って気持ちもこもってます。更に、医師免許はあったけど学位はまだ取ってなかったので「(博士という意味での)Doctorじゃない」という言い方も出来ます。
あとは、医者ではあるけれど患者さんを「直接」診る事は非常に少ない、ある意味特殊な立場だ、っていう意味も少しだけ含めてます。
by PseuDoctor (2009-12-10 23:51) 

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