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速さと、量と、質 [言論]

 えっと、これは「道徳論議の観戦記」におけるMORIXさんのコメントに関連する記事なんだけど、MORIXさんの問いとやらに対する答えではない事を、まずはお断りしておこう。

 な~んてやっていると、また「このエントリーを書かれる手間の、ほんの一部を割いていただけたら嬉しかったです。」とか言われるんだろうなぁ、と思いつつも、実は言いたいのはそのあたりの事です。

 とはいえ、まぁ、批判と言うより単なる「ボヤキ」と受け取ってもらってもいい。

 ってか、言ってもどうせ「希望を述べているだけで、強要しているわけではない」と言われるのは予想できてて、確かにそれはそれでどうやら私が尊重してあげてあげなくてはならない事らしい、という事は分かっている。

 でも個人的な内面としては、それもなんだか間尺に会わない気持ちがあるわけで、自分のブログでそれをボヤかせてもらうぐらいは悪くはないはずだ。


【久方ぶりのABOFAN批判】

 MORIXさんはご存じないかもしれないけれど、他の読者の皆さんはきっと十分ご存知のABOFANさんという人がおりまして、その人もなんだかせっかちな人だった。

 まぁ、返事返事としつこいしつこい。
 そして、ちょっと間が空くとすぐ「返事が無いので同意していただいたものと判断させていただきます」だ(そういえば「TBをして3日間も返事無いのは失礼だ!」とキレられた時、あちらさんがTBが失敗していた最初の2日までも計算に入れられていたのが判明したのはなんともいい思い出だ。「ここまでイっちゃうとさすがにヤバイのでは?」参照)。

 それでも、「そっちから吹っ掛けておいて、何無視しているんだ」とケンカ腰で言われれば、こっちも悪いと思うから、ちっとは急いで対応しなきゃな、とも思うんだけど、そういう人に限って「議論は勝ち負けじゃない」と口では言うわけだ。

 ならば、十分説明するために、じっくり考えようかな、と思うと、「返事が無い、返事が遅い」と来る。
 どないせいって。
 結局、クオリティよりもスピードしか重視しない人なのね。

 で、そういう「せかす」人は確かに返事のスピードは速い。
 しかし、残念というか、当然というか、説明不足、独りよがり、つまり「思い浮かんだ事を羅列している」だけでクオリティは非常に低い。
 また、そんな「質より速さ」な人は、「質より量」であって、かなり膨大なコメントを投下する。
 「物量作戦」的な意図もあるのかもしれないが、そもそも時間的にも能力的にも「まとめる」事ができないから、自然とそうなる、と言った方がまだ好意的な判断かもしれない。


【そして僕は途方に暮れる】

 で、自己満足で固められた「ゴミの山」を自慢げに提示し、『どうだ、これでグウの根も出ないだろう。反論できるなら反論しろ』と見栄を切るわけだ。

 そういうのを見て、「ああ、これだけ独善的にモノを言う事が許されるなら、これぐらい早い反応はできるんだろうなぁ」と思いつつも、自分のケチなプライドが邪魔をして、「速さだけ」を競おうとは思えないのである。

 結局彼は「返事が遅い」と言いたいがために、自分が「返事を早く」する事に固執するんだろうね。
 で、また素晴らしいのは、そういう自分が「返事が遅れそう」な時ばかりは『そろそろ仕事が忙しくなるので返事が遅れそうです』と前フリするってあたり。
 だれも問題にしないよ、あんたの仕事の都合なんて。

 そして、そういった「自分の仕事の都合」は持ち出すくせに、他人にも「日常生活」があるなんて事はまったく考えもしないで催促するわけだ。

 「返事」を催促されるのは鬱陶しいけど、何より問題なのはそういった発言の内容がまるでダメな事。

 当人は思いつくこと思いつくまま滔々と語って気分いいのかもしれないけど、そこで「よく考えなかったツケ」がすっかり丸ごと相手に回される。
 他者を意識しないで語った言葉は、読解が非常に手間なわけだ。酷い時になると、まず「日本語」に変換する試みから始めなくてはならなかったりもした(冗談ではなく)。

 そんな人の”言い分”は、大抵「どんな理由で」批判されているかなんておかまいなしに、相手が批判している「箇所」に関し「自分はそこについてこういう理由で適切だと思っているから批判されるいわれは無い」といった感じの『自分の都合』を押しつけるだけの主張だ。
 つまり、相手の言っている事は「どこを批判しているか」以外はほとんど無視ね。

 そりゃそうだ、早く返事するためには「相手の主張と自分の主張をじっくり比較する暇」なんて無いんだから。

 で、それをやられる側としては、ダメなところを批判しても、そのダメな所はそのままに、さらにダメな所を引っ付けて返してきて、それでいて「自分の使命は果たした、次はお前の番だ」的な顔をするんだから途方に暮れる。

 指摘すべきところはますます増えるから、返事を書くのに必要な時間もどんどん増加する。
 でも、その一方で、どうせ指摘してもまたそれは無視して問題を増やすのだろうなぁ、と思うと、対応する事の意味すら疑問に思えてくる。

 そんな人の苦労を尻目に、当の本人は平気な顔で「ずっと俺のターン」ならぬ「ずっとお前のターン」を主張するのだから、いやはや...。


【せかすってどういう事?】

 で、何が言いたいかというと、「せかす奴」あるいは「直接でなくても遠まわしに時間を気にしてみせる人」って、結局、質を問題にしないよね、って事。

 自分で文章の質を高めるために苦悩する事があった人は、ほんの短い返事でも非常に時間がかかる事がある、という事は実感していると思うんだけど、そういう人が「質」を期待するのなら、「時間」は問題にしないと思う(モチロン、「時間」と「質」は比例するわけでなくて、早くて質が高い時もあれば、遅くて質が低い時も有る。そんなのは、その人の才能や余暇の分量による)。

 まぁ、例えば私が作家で、対価があって、締め切りがある、ってなら「時間」も考えなきゃいけないけど、「対価も無しに何でせかされなければいかんのだ」と意地汚く思ったりもする。

 私自身がそう感じるから、「速さ」を問題にしない
 (少なくとも最近はそうしているつもり)
 というか、そもそも「返事」がある事も期待しなくなった。

 Jadgementという存在を冷静に見てみれば、無名で匿名の存在だ。そんな人の言う事について、赤の他人が貴重な時間を割く義理なんてどこにもないだろう。
 だからこそ、「返事」あるいは「コメント」があると言うのは、私はそれを「特別な事」として非常に感謝しているんダヨ、本当にネ。

 ...感謝しているなら、あの失礼な対応は何だ、と言われそうだけどさ、投下してくれたコメントを、Jadgement的にあしらう、あるいは骨までしゃぶりつくして批判する、という事こそ、私のためにコメントに時間を割いてくれた人にできるお返しだと考えている。
 「感謝してます、素敵なコメントありがとうございまぁぁす、ぜひ参考にさせていただきまぁぁす、うふん」的な上っ面な対応は、私としては「右から左に受け流す」的なそれこそ非常に失礼な対応だと思うんだ。

 そんな私の歪んだ性癖を許容できない、あるいは、自分のコメントに賞賛と賛美を求めるような人には申し訳ないけどネ。

 ...まぁ、そんな自分語りは置いておこう。
 自分がそう思うようになったから、という個人的都合で悪いんだけど、そういう意識を持って見てみると「答えを要求する」果ては「答えを催促する」という態度が、私にはとても傲慢な態度に見えるんだ。

 そういうものを期待してしまう気持ちは十分わかるんだけど、「思ってもぐっとこらえる」人と「思ったらすぐ口にする」人では「自意識の強さ」って言うのはまるで違うと思う。


【ご提案】

 んで、これは私の提案なんだけど、「自意識の強さ」が悪いとは言わないから、その自意識を「自分の主張を完結させる」事に向けてはどうだろうか。

 そうすれば、不確定な相手の返事を待つ必要は無いし、相手の方としても「こっから先はあなたの返事を聞かないと」なんて尻切れトンボな主張よりも理解しやすいだろう。
 「相互理解」を対話に求めるなら、きっとこの方がより「相互理解」できるんじゃない?

 モチロン、そうなると「自意識丸出し」で独りよがりの主張をしてしまう人も出て来るかもしれないケド(自慰識...)、それはそれ、自分で完結させたんだから、それに関する責任は自分で負うことになるわけであって、「あんたも悪い」的なくだらない責任転嫁で話が引っ掻き回される事もなくなるわけですしね。

 むろん、中には「そんなの自分がしたい対話じゃない」と言う人もいるかもしれないから、あくまでご提案でした。

 ただ、私としては「自分の自意識を自分で満足させる」のではなく、「自分の自意識を他人に満足させてもらう」ような態度の人は、批判の対象にはするけど対話はしたくないなぁ。


【そして、MORIXさん】

 で、ここまではABOFANさんをスケーブゴートにさせてもらったけど、ABOFANさんの事として述べた事の中には、私がMORIXさんに感じる事も沢山含んでいるわけだ。
 ...とさらりと言った上で、それとは別だけど関連した話として、MORIXさんの発言に現れている問題点を指摘したいと思う。
 こっからは「ぼやき」ではなく、「批判」ね。

その発言とは“とりあえず”この冒頭の数行。
私が前のコメントをしたその日のウチに、こんな長文がエントリーされていて、驚いてしまいました。以前から書きしたためられていた部分もおありのようですが、即座の対応に感謝いたします。私はこの長さに相応するお返事を書く時間的許容量がありませんので、Judgementさんの区切られたフェーズごとにお返事していきたいと思います。


【私が感じる問題点】

 ていうか、驚くほどの事ではない。
 記事で説明してるように、元々書いてあったもので、それを再校正して冒頭のコメントを付けただけなんだから速くて当然。むしろ、手抜きと言われるんじゃないかと思ってた。
 まぁ、何の反応も見せなかったから興味が無いと思いきや、実はここまで細かく見ていた、と言う事にびっくりして欲しかったなぁ。

 で、naokoさんは、「以前から書きしたためられていた部分」という表現にひっかかりを感じているようですが、確かに私も以前書いたものを掲載する、と述べているのに「書きしたためられていた“部分”」と言われちゃうと何だかなぁ、という気もする。
 とはいえ、「9割程度を占めようが、全部でない限りは部分だ」という捉え方もあるっちゃあるんだろうね、と思う事にしたから、正直どうでもいいんです(どうせ、そこを指摘しても「分からなかったから仕方が無い、もっと分かるように書いてくれないあなたも悪い」と言われそうだし)。

 それよりも「私はこの長さに相応するお返事を書く時間的許容量がありませんので」のフレーズの方が問題よ。
 それって、「(長文を書くヒマがあるお前と違って)自分にはこんな事に取り組むヒマは無い」ってえらい分かりやすい“見下し”にしか聞こえないんだけど...。

 何で“わざわざ”こんな事を言うのかしらね。
 私にはあなたの時間的事情なんて全く関係ありませんし
 そもそも「返事までの制限時間」を設けた記憶もないしね。

 で、礼儀知らずな私が言うのはアレだけど、これって非常に「礼儀知らず」。


【礼儀の意味】

『何かしてくれた事について、本来はキチンとした形でお礼をすべきだけど、気持ちだけでも早く“あなた”に伝えたいから、取り急ぎ手短であるけれど感謝の意だけは伝える。』

 ...というのが本来の「礼儀」にはあるわけだけど、MORIXさんはその意をよく分かららないまま、「とりあえず早く返事する」という形式だけを「礼儀」と勘違いしているんじゃないのかなぁ。

 だから、うっかり『時間的許容量がありません』なんて身勝手な事情を持ち出すトカ、かえって失礼な物言いをしちゃったりするわけだ。
 また、3週間だなんだと、遠回しに不満を述べられた気もするけど、それだって「早く返事をしないのは失礼だ(私は礼儀正しくやっているのに)」という気持ちがあるからじゃないの?

 で、コメントを見る限り「時間的許容量がない」人とは思えないほど長文なのに、以下の中身を見ればというと、お得意の「ストローマン話」と、“指摘箇所”について、「とにかく自分の都合を挙げて正当化するための話」ばかり。
 私の“指摘した理由”に対する検討やらそういうのは殆ど無い。

 まぁ、それも「そうしたいからそうしてる」んだろうけど、それを見るこっちとしては、「ああそうか、自分本位の主張をするヒマあっても私の言っている事を理解するヒマは無いって事ね」としか受け取れない。

 別にMORIXさんが「礼儀知らず」である事自体を批判しようってわけじゃないからね。
 何せ私が礼儀知らずなんだから。

 むしろ、「ああ、そうだよ。そのつもりで言ってるんだよ、そういう人なんだよ」と答えるような人ならば、私はスッキリするし、そういう性質について何も問題にはしようとは思わない。

 でもね、他人に対して「揶揄はいけない」とか、『「相互理解」を大切にするならばこのような言説は避けるべきだと考えます』なんてしたり顔で言っちゃっている人が、自分の「礼儀知らず」な部分を省みようとしない、ってのは問題じゃないのかな。

 まぁ、「道徳は多数決」という認識を持つようなMORIXさんが、上っ面の礼儀で満足している、という点では整合性はありますが….。


【無意識の表面化】

 こういう話しをすると、また「本意ではない」、「そのつもりはない」という“便利な言葉”を使うんだろうなぁ。なんて思ったり。

 MORIXさんにとって「本意ではない」とか「そのつもりはない」はきっと事実なんだろうと好意的に思ってもいいケド、だとしても現実は「本意ではない、というか本意が無い」、「そのつもりはない、というかどのつもりもない」、つまり「何も考えていない」のが正解なんじゃないかと思う。

 「何も考えていない」というのは、「それについて何も判断していない」という訳ではなくて、(ここで早速使わせてもらうけど)『腹』が選んだ表現が、『頭』をスルーしてそのまま出てきちゃっている状態だと言いたい。

 『頭』が意識的に「その表現は適切か」という判断をしていないから、確かに「そのつもり」を“意識していない”のは事実となる。
 で、“無意識”ではどうなの?と聞かれれば、「そんな自分が証明できない事を持ち出すのはずるい」って言えばいい。
 何を言われようが「自分のせいじゃない」と言えればそれで十分満足、という人であればあえて『頭』を使わず『腹』で語ればいい。

 でも、“無意識”なんて自分にも分からないんだから他人にも分からないはず、と思うかもしれないけど、自分でキチンと読み返し『頭』で判断し直さないから気付かないだけで、“言葉”はその痕跡をしっかり残すんだよね。
 必要な事を書かない、あるいは必要でないような事をわざわざ書く、という形で。

 で、指摘されて始めて『頭』で考えるのだけど、その時は「なんでこんな表現を使ってしまったのか」と『無意識』を意識するのではなく、「こんな表現を使っても正当である」言い訳を考える事に全てのリソースを費すはめになるわけ。

 こんな事を言うと「そんなんならどんな言い訳も効かないじゃないか」と言うかもしれない。
 実はまさにそうなのよ。

 だからこそ、「言い訳をしなくて済むように自分の文章を『頭』で読み直して校閲する」のが必要であって、そこまで考えて初めて『言葉に気を使っている』と口にできるもんだと私は思うんだ。


【おわりに】

 おそらく、MORIXさんは冒頭のホンの数行だけでここまであれこれ言われるとは「思ってもみなかった」だろうね(まぁ、正確にはこの行の後の言動も評価に含んでいるけど)。

 でも、ホントのところは「自分の文章が他者にどう受け取られるか」という事自体を「思ってすらいなかった」だけだよね(「いや、ちゃんと考えている」というのであれば、その考えは「失敗していた、不十分だった」って事)。

 そんな風に自分の責任を問えば幾らでも問えるわけだけど、それが厭な人にとって「そのつもりはない」は非常に便利な言葉であるとは思う。
 でも、自分の「怠慢」を正当化の材料にする、なんてのは、私にとっては非常に恥ずかしい行為だし、見るに耐えないわけなのよ。


 あ、あ、念のため付け加えておくけど、こういう事を言って「MORIXさんの問い」に対する答えを有耶無耶にしようとしているわけではないからね(いちいちこういう断り書きを入れないとダメなんだろうねぇ、なぜか)。
 まぁ、せっかくのご要望だから「MORIXさんの問い」には答えるつもりよ。
 ただし、せかさないでね。


 とはいえ、Judgement流の答えになるから、自分の求める答えを期待しない方がいいし、むしろ覚悟しておいた方がいいカモ。
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コメント 24

ウッちょん

みなさま、こんにちは。Judgementさん、ご無沙汰してます。
興味深く読んできましたが、なんだか雲行きが怪しくなってきたようなので…
こちらのエントリがメタな意見を書くのにふさわしいと感じましたので、こちらに書かせていただきます。

MORIXさんに読者の希望として提案したいことがあります。
MORIXさんは「ニセ科学批判・道徳・大義名分」というテーマでご意見をお持ちですよね。
そしてそのご意見の全体像をまだ明らかにされていませんよね。
たとえばJudgementさんのご質問にもあった「道徳が多数決で決まると考える根拠」もそうですし、それを踏まえてニセ科学批判の場でどう振る舞うべきかに関してもご意見をお持ちのようです。
とりあえずその全体像を先に示していただきたく思います。

ここで「先に」というのは「Judgementさんたちの反応を求めるよりも先に」という意味です。
Judgementさんがなかなか返答できずにいるのも、Judgementさんやnaokoさんが怒っておられるのも、
ひとつには「MORIXさんがお話を途中にされたまま相手の反応を促している」からだと感じました。

私個人としましても、MORIXさんのお話には大変興味をもっております。
ここまでのお話も私の実感とそうかけ離れた訳でなく、非常に理解し易いものでしたし。
そういう訳なので、もし宜しければまずご自分のご意見を最後まで出し切っていただきたいと思います。


ああ、ついでに。
「人格批判」「ストローマン」に関しては、あまり気にされないほうが読者<第三者>としては有難いです。
MORIXさんが誠実に議論しようと努力されてることは読者には明らかですし。
ぶっちゃけると、第三者的にはMORIXさんの能力が低かろうが、Judgementさんの議論の仕方がマズかろうがたいして興味はないんです。
ここはグッとこらえて本来の論旨に集中されるのが大人同士の対話ってもんだと思います(これはJudgementさんやnaokoさんにも申し上げたいことですが)。

続きを楽しみにしております。では。
by ウッちょん (2010-01-14 13:28) 

ウッちょん

あーこう書くと私がMORIXさんやJudgementさんを子供扱いしてるように読めるなあ。「大人の対話」でなくて「大人『同士』の対話」ですからね。
私の目には少しばかり、お互い相手を子供扱いしているように見える、というのが言いたかったことです。

拙い表現で申し訳ないです。
by ウッちょん (2010-01-14 13:35) 

Judgement

>ぶっちゃけると、第三者的にはMORIXさんの能力が低かろうが、
>Judgementさんの議論の仕方がマズかろうがたいして興味はないんです。

「読者の立場」をズバッと言ってくれる人がいてくれると非常に嬉しい(本気で)。
ただ、そういう読者のニーズをいかに裏切るか(できればいい方に)って事を考えたりもする天邪鬼な私でもありますから、期待にお応えするかはこうご期待って事で。

>ここはグッとこらえて本来の論旨に集中されるのが大人同士の対話ってもんだと思います

う~ん、でもウッちょんは以前からの読者でしょうから分かると思うケド
私は私で「王様は裸だ」及びJudgementの本来の「趣旨」に従った対応をしていると思うよ。

モチロン、わざわざ無理してそっちに捻じ曲げてるつもりは無いケド。
おそらく私の方が『対話』を阻害しているように見えるんだろうけどさ。

でも、それを言うのなら「阻害」じゃなくて、「拒否」と受け取って欲しい。
今までの彼の説明及び他者との絡み方を見て、『対話にならん』と判断したから”現時点では”食指が動かないのよね(別に以降無条件で拒否するよ、というわけではない)。

だけど、膨大なテキストを寄稿してくれた事に対する私流の礼儀として
そして、彼が『対話』に値する状態になるのをちょっぴりだけ期待して
『対話にならん原因』等をあぶり出し、説明している、そんな段階なのよ。

いやね、そこをヘンに「いい大人」になってさ
本質的な欠点に触れないよう
「お話が参考になりますね」とか
「なるほど、一理有りますね」とか、
「なかなか秀逸な例えですなぁ」とか
お話を”傾聴させていただく”態度を取って
腫れ物に触るように尊重してあげて...
なんて、ぬるま湯のような『対話ごっこ』をして見せりゃ、
そりゃ波風は立たんと思うし、MORIXさんもきっといい気分よ。

そういうのはある意味、私も「楽」だけど、
そもそも、そのような”話相手”なら、私である必要はどこにもない。
そして、多分、私のフラストレーションは溜まるだろうね。
溜まったマイレージで世界一周旅行ができるぐらい、溜まる。

何より、MORIXさんばっかそんな態度を取ったら
今まで噛み付いてきたTAKESANさん、apjさん、技術開発者さん、PseuDoctorさん、Poohさんあたりの面々に申し訳が立たんと思う。

まぁ、これが私の業だと思ってくだされ。
by Judgement (2010-01-15 01:41) 

ウッちょん

どうもです。
そうなんですよねえ。Judgementさんからしてみれば別に「MORIXさんと道徳の話がしたいワケじゃない」んだ。
だとすれば、Judgementさん(もしかするとnaokoさんも)に対する
>ここはグッとこらえて本来の論旨に集中されるのが大人同士の対話ってもんだと思います
この批判は的外れですね。たいへん失礼をいたしました。

とはいえ、もし「完結したMORIX説」が出てきたならば、(MORIXさんの姿勢がどうあれ)Judgementさんはその論旨に沿った批判をせざるを得なくなると思ってます。
私にとって一番楽しみなのはソレですね。

>期待にお応えするかはこうご期待って事で。
へい。期待して待ってますw
by ウッちょん (2010-01-15 08:58) 

MORIX

【ウッちゃんさん】

はじめまして。まず、私が『(社会)道徳が多数決で決まると考える根拠』は、今が民主主義の世の中だからです。それは『大義名分批判』エントリーの冒頭で、Judgementさんがその定義を『「人として、また、臣として国家や君主に対して守るべき道理・本分や節義。」だってさ。まぁ、民主主義の時代に臣だ、国家だ、君主だって話をしても仕方ないので[中略]「『大義名分』とは“当然皆が受け入れるべきもの”とされるもの」でどうだろう?』とおっしゃっていたので、Judgementさんも『昔は大義名分が為政者の圧力で決められていたが、今は民主主義で決められている』とお考えだと、私が勝手に判断したからです。Wikiでは民主主義を「諸個人の意志の集合をもって物事を決める意思決定の原則・政治体制」と定義しています。つまり「多数決」です。

次の『ご意見の全体像』に関しては、もう少しお時間ください。


by MORIX (2010-01-15 19:08) 

ウッちょん

>MORIXさん
ウッち『ょ』んですw(3人に1人は間違えます)
不躾なお願いを聞いていただき、ありがとうございます。
続き、楽しみにしております。

ところで、今回のご説明を受けて一つ疑問が(Judgementさん、横入り申し訳ないです)。
『道徳が多数決で決まるのは民主主義の世の中だからだ』とお考えのようですが、道徳と言われるものの中には、民主主義的な手続きを経ずに成立しているものもありますよね?
例えば「人を殺すな」「泥棒するな」なんてものは民主主義の成立前から存在しているはずですし、他にも、例えば学校なんかの狭いコミュニティで道徳として成り立っているもの…「男の子が女の子を殴っちゃダメ」のようなものが、民主的な手続きを経て決められたものとは思えません。
結局、『多数決』『民主主義』という言葉で具体的に何を指しておられるのか?というのが分からないので、こういった疑問が生じるのだと思うのです。
続きをお書きになるときには、以上の疑問にもお答えいただけると幸いです。では。
by ウッちょん (2010-01-16 00:16) 

MORIX

【ウッちょんさん】
お名前を間違ってしまいすみません。さらにお待たせしてすみませんでした。私の『意見の全体像』についてです。このエントリーから4つ前の『私の科学観』における私の最後のコメントから続けてお話させて頂きます。

私が【絶対的価値】【相対的価値】【客観的価値】の三つを分けた理由は、このブログ内に散見された「なぜニセ科学批判は宗教を批判しないのか」「ウソは社会規範なのか」「水伝・ホメオパシーなどのニセ科学を一括りにするのは妥当なのか」などの問に、私なりに答えられるかもしれないと思ったからです。その根拠を説明すると長くなるので割愛しますが、もしそれで皆さんの同意を得られれば「ニセ科学批判vsニセ科学批判批判」の両者が歩み寄られるのじゃないかと、そう願ったからです。このブログでの現状はまったくその逆です。私が【相対的価値】とか「人文学的問題」などと呼んだ「明確な答がひとつに絞れないような問題」に対して、無理矢理ひとつの答を求め、その過程で喧嘩腰になり、罵り合い、皆さんここを後にしているように見える現状が非常にもったいないと感じたからです。

例えばそれは今回ウッちょんさんから頂いた『道徳と言われるものの中には、民主主義的な手続きを経ずに成立しているものもありますよね? 例えば「人を殺すな」「泥棒するな」なんてものは民主主義の成立前から存在しているはずですし、』というご質問。これに対する私の考えを示すと、少しおわかり頂けるのではないかと思います。
1.自然法
「人を殺すな」という概念は、確かに民主主義以前のものですし、封建制や宗教以前にまでその成立を遡れます。apjさんや技術開発者さんがコメントされていた頃に「原始人」の喩えが出て来たように、そのような社会道徳は人類が社会を形成する中で自然に成立した法だと考えられるので、「自然法」という呼ばれ方をよくします。「ウソはいけない」という規範などもこのように成立します。
2.慣習法
それに対し、人類が枢軸時代を経て様々な文化(特に宗教による)をつくるようになると、その時代、その文化で反復されるような行動様式が効力を持つようになり、それらは「不文法」とか「慣習法」と呼ばれます。そして「ウソ」を商品にするような「物語・手品」のような文化も生まれ、多岐にわたりますが、人々がそれを受け入れ、楽しむような習慣も成立します。
3.成文法
それらに対し、文章化され明確に規定された法律は「成文法」と呼ばれ、昔は君主の名をもってして、現在は民主議会の名のもとに制定されます。「多数決」ですね。ここでは「ついて良いウソ」と「いけないウソ」がある程度明分化されます。が、日本では「法の適用に関する通則法3条」によって、慣習法もまだ生きていることが明示されています。

ウッちょんさんは、上記のようなものを並列に捉えておられるようですが、法治国家において一番の効力があるのは3の「成文法」です。つまり現在では多数決で民主的に決められる法律です。例えば同じ「人殺し」でも、アルカイダを攻撃するためにアメリカは9・11以降、国の世論を「戦争肯定」に集結することにやっきになっていましたね。いくら自然法的に「人殺しはいけない」が人の守るべき規範だとしても、あるいはいくら私ひとりが「戦争反対」を訴えたとしても、世論や多数決を得て「戦争」が勃発すれば、それを阻止することはかなり困難になります。【相対的価値】を前にすれば、「人殺しはいけない」のような当たり前の一般常識であっても、芥子粒のように吹き飛ばされ、アウシュビッツのようなホロコーストでさえも容認されてしまう。ヒトラーは、民主主義が生んだ悪魔子です。

ニセ科学の問題もこの【相対的価値】が問われている段階にあると、私は考えます。ニセ科学が法的に認められたり、世論の支持を得てしまってからでは手遅れです。我々はここで口喧嘩や人格攻撃をし合うのではなく、逆に持てる「科学的知見」「人文科学的知見」「人文学的知見」を持ち寄って、今こそ討議すべきだと思います。そして議論の中心は「人はなぜニセ科学にハマるのか」そして「現在はどのような時代なのか」を考えながら、思考停止するのではなく、答の出ない問題について「対話」を続けていくのがベストだと思います。私がこの場に求める議論はそのような「対話」です。
by MORIX (2010-01-18 17:58) 

Judgement

【MORIXさん】
 私は”何故か”3週間という期限切られて急かされているようなので、とりあえず今はかかわり合いになる気も時間もありません。
 まぁ、後になって「今更言われても」とか「そのつもりはなかった」とか言い訳しないよう、今まで他者に何を指摘されてきたか頭に入れつつ、よく考えてから書き込んでくれるなら、勝手に(自由に、という意味であり批判ではありません)話を進めて下さって結構です。

 まぁ、ウッちょんさんに答えるつもりでやっているなら、ウッちょんさんがどのような主張を求めているかも考えてね。


【ウっちょんさん】
えっと、人に丸投げしないでよっ!!
MORIXさんに水を向けた責任とってちゃんと舵取りお願いしますよ。
人はなかなな変われないもんだからサ。
by Judgement (2010-01-18 23:39) 

ウッちょん

> Judgementさん
ことが後先になり、申し訳ありません。
発言の許可をいただいたこと、感謝いたします。

>えっと、人に丸投げしないでよっ!!
あはは、ごめんなさい。
どちらかというと、丸投げというより、Judgementさんが批判せざるを得ない状況に追い込むつもりだったんですけどね(たいして変わらんけど)。MORIXさんの主張が完結すれば、Judgementさんにとって「自分の考えと異なる主張」もしくは「根拠付けが甘い主張」が自分のブログに居座ることになりますからね(どちらにも当てはまらない主張なんてまず不可能)。
まあ、お言葉に甘えて気が済むまでやらせていただきます。


> MORIXさん
どうも、ご返答ありがとうございます。
道徳・規範についてのご説明はよく分かりました。「道徳が多数決で決まるのは民主主義の世の中だからだ」というのは「道徳・規範には多数決で決まるものとそうでないものがあるが、このうち民主主義社会で効力が強いのは多数決で支持されたものである」という意味だったのですね。
ご意見の全体像も、おかげさまで仰りたいことはおおむね把握できたつもりです。以前から述べられていた『対話』が主張の核だったということですね。
ただこの【相対的価値】の話と、人格批判なんかの『態度の問題』との間がまだキチンと繋がってないように見えます。ニセ科学の問題が【相対的価値】の問題だと、どうして人格批判を排した『対話』が必要になるの?ということですね。仰るとおりの『多数決』なら、私などは「数が全てなんだったらネガティブキャンペーンとか駆使してでも多数派工作するべきじゃね?」とか考えてしまう訳です。
何かまだ前提が欠けていないでしょうか?
by ウッちょん (2010-01-19 22:45) 

MORIX


【Judgementさん】
>”何故か”3週間という期限切られて急かされているようなので、
「3週間」というのは、【フェイズ1】で反論している通り、今回の齟齬の元凶となったと私が考える数字です。それ以上の根拠はありません。
>とりあえず今はかかわり合いになる気も時間もありません。
「気」がないというのはともかく、「時間」がないのであれば、私はいくらでもお待ちします。


【ウッちょんさん】
前コメントについてはご理解頂けたようで良かったです。というよりウッちょんさんの方が短い言葉で、端的にまとめられており、有り難く存じます。
>【相対的価値】の話と、人格批判なんかの『態度の問題』との間が、
>まだキチンと繋がってないように見えます。
そうですね。これまでも両方の問題に触れてはきましたが、そこを繋げてはいませんでしたね。以下にまとめてみます。

まず、【相対的価値】が多数決や世論で固まる前には、各個人がその問題に対して自らの判断を下しますよね。例えば「ホメオパシー」に関して。科学的根拠を元に判断を下す人もいれば、「腹」や感情で下す人もいる。多勢に流されて決める(大義名分をふりかざす)人もいれば、自分の政治的立場や金儲けのために擁護する人もいる。我々はそのような有象無象の世論と対峙しなくてはならないのです。

その際に『人格批判なんかの態度の問題』は、デメリットになることはあっても、有益になることは少ないと私は考えています。その根拠はこれまでも述べてきましたが、
【一般の人への心象が悪い】まだ世間ではホメオパシーを知らなかったり、ニュートラルな姿勢の人が多数います。我々が毒のある議論を展開していれば、人の心はあちらに流れます。あちらはかなり暖かい馴れ合いをしていて心地良さそうです(だからと言ってこちらも馴れ合おうと言っているのではありません)。
【科学の客観性にとって邪魔】ホメオパシーの不当性は、現時点の科学的知見で十分立証できます。しかし、人格批判のような感情論にもつれ込むことで「科学教」などといういらぬ揚げ足を取られる要因にもなります。
【浅いビリーバーでさえも改心させられない】人格攻撃の口喧嘩は、これまでも警鐘した通り、多くの場合決裂します。議論は勝ち負けではなく、お互いの意見が止揚されてこそ意味があります。
【ニセ科学批判側の内部分裂】Judgementさんのされるニセ科学批判×4は正確ですし、私も同意するところが多いのです。が、同時に人格攻撃もされているので、せっかく貴重な意見を持つ皆さんが離れて行ってしまっています。
【侮辱罪や名誉毀損の危険性】最近では2chであっても立件され、賠償額も高額化されています。これまでのJudgementさんの言動もすでに、これらの罪にかなり抵触しています。もし一人でもこちら側から起訴される者が出れば、旗色が大変悪くなります。
【人格批判やネガティブキャンペーンの陥穽】以前こちらでも『ネガティブキャンペーンは選挙などで短期的には効果があっても、長期的視野には耐えられないものです。』と書かせて頂きましたが、実際は短期であっても失敗例が多数あります。そもそもネガティブキャンペーンは「自分に正当性や勝つ見込みがない側が使う苦肉の策」だと私は捉えております。ニセ科学批判はこちらに正当性があると私は(もちろん)考えていますから、正攻法で行くのが良いと思います。逆に奇策に走れば、成功するはずのものも失敗してしまいます。

以上のような説明で【相対的価値】の話と、人格批判なんかの『態度の問題』の話が繋がったでしょうか? 私はニセ科学などの虚偽に基づく科学知識の蔓延防止を切に願っておりますし、その為には(たとえ向こうが不当な手段を使おうとも)正当的な方法で行くのが良いと思っております。長期的な視野で見れば、その方が強い効果があるはずです。

by MORIX (2010-01-20 19:13) 

Judgement

【ウッちょんさんへ】

まぁ、ちょっと真剣に聞いてくれ。
自分が対応して出てきた「根拠付けが甘い主張」なら、ある程度責任とって処置するよ。でもね、ウッちょんさんのせいで「根拠付けが甘い主張」が多量に投下される結果になったとしたら、そりゃ面倒見切れんよ。
というか、そうなったら、その責任はウッちょんさんにとってもらうからね!
小指1本じゃ足らん。眼球と腎臓をモライマス。

なんてのは半分冗談だけど(眼球1個と腎臓1個に負けておくわん)
その責任は十分頭に入れて、「気が済むまで」じゃなくて、「収拾つけるまで」キッチリ対応してちょーだいな。

 私はというと、上の記事のコメント欄に、期限を定めた事に対する配慮の無さを反省するそぶりもなく、「期限は、私の考えた数字で、それ以上の根拠はない」なんてあさっての弁解を平気でしているにもかかわらず、あたかも「自分は対話する気はじゅうぶんありますよ」という態度を取るような人である限り、永遠に「その気」はおきませねぇ。

 しかも、ついには慎重な説明抜きで、人を「犯罪者」呼ばわりまでしはじめるような人だし...。
 まぁ、私も「何の罪にも抵触しない」とは思っていないけどさ。
 (実際に抵触してたとしても)十分な説明もせずに「犯罪に抵触している」と他者を決め付ける行為自体が「名誉毀損罪」や「侮辱罪」に該当するかもしれない、って事は考えてないんだろうなぁ。

 まぁ、とにかくミイラ取りがミイラになりませんよう。
 それが最低限の願いですよ。
by Judgement (2010-01-20 23:37) 

ウッちょん

> Judgementさん
はい、了解しました。
貴エントリ「腹と頭」における
>私は、書くのも好きだけど、人の話を読むのも好きだから、ぜひぜひ大いにやって欲しい。
>※ ただし、もしあまりにも下らないやり取りになれば、家主として強権を発動させてもらう。
これを肝に銘じてやりますよ。
ただ、もうちょっと時間が掛かりそうなんで、そこはご容赦いただきたいです。


> MORIXさん
どうも、ご返答ありがとうございます。
今回のも大変分かりやすかったです。分かりやすかったんですが、残念ながら今回のは理解はできても納得はできません。
理由の一つは、ご自分でもお書きのように、人格批判は
>有益になることは少ない
のであって、有益な人格批判が確かに存在すると考えるからです。
例を挙げましょうか。「人殺しは悪いことだ」と主張している人がいたとします。で、もしその人が「人殺し」であったのならば、それを「自分で決めたルールも守れないヤツだ」と糾弾することには一定の正当性があります。多数決の原則に従うならば、相手の『票』(信頼、と言ってもいいかもしれません)を大幅に減ずることができます。MORIXさんの挙げられた『人格批判のデメリット』の分をさっ引いても、批判として有効であると考えます。

私は、規範や道徳について論ずるのならば、『適用範囲』には慎重でなければならないと思うんです。この場合でいえば、どこまでが『有益な人格批判』で、どこからが『有害な人格批判』なのか、ということです。
それを述べずに、ただ「人格批判はダメだ」と主張するのは非常にマズい。それだけならまだしも、「お前のそれは人格批判だ、やめろ」というのはかなりヤバい。
なぜなら、「人格批判はダメだ」という言明もそれはそれで一つの『規範』であって、それを主張した上でさらに「お前のそれは人格批判だ」と述べることは、「お前は道徳に反している」もしくは「お前は規範を守れないヤツだ」という主張である訳です。これって、自ら禁じた『人格批判』そのものではないですか? 少なくとも、自分にそのつもりがなくとも相手がそう受け取ってしまう可能性は排除できません。

適用範囲をキッチリ定めて、当事者間で合意が得られれば、今度は自信を持って相手を糾弾することができます。
ただし、この適用範囲を定めるということは非常に困難です。というか実質、全ての場合に適用できる線引き基準を設けることは無理ではないかと思います。どうしたってグレーゾーンが出てくるでしょうし、当事者間で合意するのはさらに困難だというのは想像できます。

で、それならば適用範囲を定めるよりももっと楽な方法を考えたほうがいい。
私の提案は「人格批判を受けたと感じた人は、その人格批判に相当する発言には言及しない」という対策です。これならば、MORIXさんの挙げられた『人格批判のデメリット』のうち、【一般の人への心象が悪い】【科学の客観性にとって邪魔】【ニセ科学批判側の内部分裂】【人格批判やネガティブキャンペーンの陥穽】のマイナス面はかなり抑制することができます。しかも発言側には何ら縛りがないため、有益だが人物に言及せざるをえない批判をためらう必要がなくなります。私は、このくらい自由を確保したほうが対話としては健全だと考えます。
もし相手が人格批判しかしないと感じたならば、あなたとその相手との対話は(適用範囲を定めたルールを設けない限り)無理です。何も言わずに帰ったほうがお互いのためでしょうね。
それでも相手に向かって「私と対話しろ」と食い下がるのなら、それは単なる傲慢だと私は思いますよ。

by ウッちょん (2010-01-21 16:16) 

MORIX


【Judgementさん】

>期限を定めた事に対する配慮の無さを反省するそぶりもなく、
本エントリーは私が以前書いた、『ただ出来ましたらもう少し早いご返答が(私生活に影響が出ない範囲で)欲しいところです。さすがに3週間に1回ずつじゃ……ネットなのに飛脚よりも遅いやりとりになってしまいますからね。』というコメントに対して立ち上げられているのでしょう。私は相手の都合も考えず3週間を要求しているのではありません。それに対し「ABOFAN氏のTBへの3日以内の返答要求」を「スケープゴート」としつつ、私への批判をされているのですからこれも立派なストローマンです。「速さや量より、質が大事」とされるJudgementさんのご意見には賛同します。時間がご必要なら、私はお待ちいたします。
>「期限は、私の考えた数字で、それ以上の根拠はない」なんてあさっての
>弁解を平気でしているにもかかわらず、
昨日申し上げた通り「3」という数字はそのせいで「齟齬が生じた」と私が指摘する期間です。【フェイズ1】の検証をされれば、その期間がJudgementさんの『視点がぶれまくる』『"迷惑"』『勝手に議論を進め』『何かを他人に強いる』という非難の元凶になったのかどうかが明らかになるでしょう。「あさっての弁解」であるかどうかもそれで分かります。

>永遠に「その気」はおきませねぇ。
「時間」はお待ちしますが、「気がおきない」というのはひどいですよ。私は【フェイズ1】でJudgementさんへの批判に対する不当性を、その根拠とともに示しているのです。Judgementさんには、自分の言説に対するaccountability,responsibilityなどの「説明責任」があると思います。

>ついには慎重な説明抜きで、人を「犯罪者」呼ばわりまでしはじめる
「犯罪者」呼ばわりまではしておりません。犯罪者とは起訴され、判決が下った人物のことです。このような拡大解釈を極論にまで押し拡げる行為も、ストローマンの詭弁法に分類されています(人格を藁人形に仕立てることよりもこちらの方が英語圏本来の用法)。私は(あくまでも)該当箇所を慎重に書いたつもりでして、「法に反している」とは言ってません。が、「法にかなり抵触している」ことは、Judgementさん自身もそう感じられている通り、かなりきわどい所まできています。私自身の判断から言えば「実際の個人名を特定したり」、「社会的信用を失墜させない」程度にはお気をつけ頂きたいと、本当に親身な気持ちから願っています。できればその為に人格攻撃もお止め頂きたいというのも本心からの願いです。

【ウッちょんさん】
今回のお話、大変考えさせられました。
厳密に言えば「人殺し」の例は、私が言う「人格への批判」ではなく「実際の行為への批判」の割合が大きいと私は感じますが、それも私の観方であって、おっしゃる通り「適用範囲」を定めるのは難しいグレーゾーンの残る問題ですね。

ですから私がJudgementさんに「行為」を止めて欲しいと主張しても、それは彼女の「人格」を否定することになるということですね(読み方間違っているかな?)

>私の提案は「人格批判を受けたと感じた人は、
>その人格批判に相当する発言には言及しない」という対策です。

私としては【フェイズ1】からの誤解を解いて、Judgementさんとも有意義な話がしたいと願っておりましたが、Judgementさんは【フェイズ1】の審議をされたくないようですしね。私としては本当にJudgementさんと「仲直り」や「歩み寄り」をしたいんですよ。

そこで、私としてはウッちょんさんの「人格批判を受けたと感じた人は、その人格批判に相当する発言には言及しない」という対策を受け入れようかとも思います。素直にお訊きします。Judgementさんはどうですか? ウッちょんさんの提案は的を得ていますし、我々にとって中庸あたりの落としどころになると思うのですが?

by MORIX (2010-01-21 18:29) 

ウッちょん

あまりにも意外な反応だったので取り急ぎ。
MORIXさんに2点ほど質問です。

1つ目。お書きのところを見るに、私の提案には納得していただけたご様子。あれ自体はまだまだ荒削りであるため少々意外ではあるのですが、まず同意していただいたことは感謝いたします。
ですが、納得し同意されたにもかかわらず、なぜすぐに実行に移されないのかが理解できません。どういった理由でそのような反応になったのでしょうか?

2つ目。最終段落の
>Judgementさんはどうですか?
何が「どう」なんでしょう?
私の提案は、「人格批判は良くない」と考える人が比較的簡単に人格批判のデメリットを軽減できるように考えた『テクニック』のつもりです。議論におけるルールのようなものではありません。そういうつもりであったため、「人格批判は良くない」と考えてはおられないであろうJudgementさんに対して何を確認しようとなさっているのか理解に苦しみます。

以上です。
前回の私のコメントは少々結論を急ぎすぎたかもしれませんね。疑問・質問・イチャモンお待ちしています。
by ウッちょん (2010-01-21 21:36) 

ウッちょん

あ、いけね。MORIXさんのご質問を見落としていました。
連投失礼いたします。

>ですから私がJudgementさんに「行為」を止めて欲しいと主張しても、それは彼女の「人格」を否定することになるということですね(読み方間違っているかな?)
間違ってないです。そういうつもりで書きました。より正確に言うと、「そのように受け取られる可能性がある」となりますかね。
前提として、私は「人にルールを課すならば、自分がそれを破らないようにものすごく慎重でなければならない」と考えています。相手がそのルールに同意していようといまいとです。件の例もその一例とお考えください。
by ウッちょん (2010-01-21 21:46) 

Judgement

...。

goo辞書>抵触
http://dictionary.mobile.goo.ne.jp/detail/kokugo/STARTWITH/41777
制限や規則に触れること。

はてなキーワード > 犯罪者
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%C8%BA%E1%BC%D4
罪を犯した者。触法した者。罪人

「拡大解釈」とか言う前に、調べるとかするといいいのに。
”オレ解釈”にはついていけない...
by Judgement (2010-01-21 22:51) 

MORIX


【ウッちょんさん】

前回のウッちょんさんのコメントの最後の段落を、私は誤読していたようです。昨日の1つ目と2つ目のご質問は、それが原因だと思います。

私は『「人格批判を受けたと感じた人は、その人格批判に相当する発言には言及しない」という対策』を私とJudgementさんの両者が受け止めるべき対策だとして読んでいたのです。つまり「Judgementさんも人格批判を完全に止めないまでも、できるだけ言及しない」そして「私もこれまでの人格批判を執拗に追求しないし、「やめろ」とも言わない」という……。これはなるほど理にかなった中庸案だと納得したのでした。そうすれば確かに『【一般の人への心象が悪い】【科学の客観性にとって邪魔】【ニセ科学批判側の内部分裂】【人格批判やネガティブキャンペーンの陥穽】のマイナス面はかなり抑制することができます。』からね。しかもJudgementさんが人格までをも含めて議論を展開したくなった時には、『有益だが人物に言及せざるをえない批判をためらう必要がなくなります。』という自由度も保てますし。

違ったのですね。昨日のコメントからでは、私だけが「人格批判に目をつむる」ということのようです。しかし、そうすると今度は先ほどの『マイナス面はかなり抑制することができます。』という結果にどうして繋がるのかが分からなくなってしまいます。これは「私が目をつむるので、マイナス面が見えなくなる」ということですか? でもそれでは、現実的には何ら抑制が効いていない気がするのでが……。お手数ですが、ご説明をお願いします。

【Judgementさん】

私も調べるとかしたんです(例によってWikiですが……)。すると『犯罪について帰責され刑罰の対象となる者は、犯罪者(犯人、英語:Criminals)と呼ばれる』とあったので……。私も普段から「容疑者」と「被告」と「犯罪者」とは分けて捉えるようにしていますし。
はてなキーワードではそのような広い定義だったのですね。「オレ解釈」だと言われれば、「そうではない」とは言い切れませんし、どの定義が正しいのかも私では確定できません。すると「ストローマン論法」だと主張する前に、もっと慎重になるべきだったということだと思います。申し訳ありませんでした。

by MORIX (2010-01-22 14:49) 

hocus

今晩は、以前にほんの少しだけ書き込ませて頂いた者です。

>MORIXさん

ネットでの顔の見えない相手との議論では「書かれたことがすべて」じゃないでしょうか。余程曖昧な文章を書き連ねるのでもない限り、書かれた文章はある程度客観的に読めるものです。もちろん、もし誤読があるのならその根拠を相手にしっかり示せばよいだけのこと。だから一旦書いた文章がどう読まれるかは書いた人物の責任であり、「つもり」の表明はその責任を軽くする役には立たないと思います。

事実、私はJudgementさんの批判を、いちいち「成る程な」と納得しながら読んでしまいました。これはJudgementさんがマジシャンだからごまかされてしまったせいだとは信じたくありません。

MORXさんの書き込みをJudgementさんが批判して、一部MORIXさんの内面にまで言及した。それに対するMORIXさんの反論は、現在までのところ、「つもり」と「人格批判」を拠り所としたものがほとんどの印象を与えます。

それに、個人的には、果たして人格批判なのかな?という疑問もあります。少なくとも、「お前はろくでなしだから言っていることは出鱈目だ」と「そんな出鱈目を言うからお前はろくでなしだ」は違いますよね。

私がこの状況なら、「こういう書き方をしてしまったことは自分の不徳の致すところ」とあっさり表明するでしょうね(心の中でそう思っていなくてもよいのです。何せ「書いたことがすべて」なのですから)。

by hocus (2010-01-22 21:50) 

MAA

MORIXさんに2点指摘。

(1) 「犯罪者とは起訴され、判決が下った人物のことです。」
というあなたの定義では、未解決の事件には犯罪者は存在し
なくなる。また、冤罪の被害者も、無実が確定するまでは犯罪
者(=犯人)であることになるし、法の網の目を逃れた犯罪者
も存在しないことになる。

「特定されていない」と「存在しない」の区別がつかないのなら、
この指摘は意味がないかも知れないが。

(2) 「犯罪者」という言葉のあなた語法の当否にかかわらず、
この点に関して批判されているのは、さしたる根拠もなく、

>これまでのJudgementさんの言動もすでに、これらの罪にかなり抵触しています。

と断定していることと、そういう人が、「人格批判は良くない」
などと言っていること。

by MAA (2010-01-23 02:50) 

MORIX

【hocusさん】
少し話がずれてしまうかもしれませんが、このエントリーの次で、Judgementさんから頂いた4篇のエントリーを何度か読んでいる中で、特に最後の『周囲の人はどんな言い回しも「いいようにとらえてくれて」、極力あなたの気持ちを尊重してくれる。当然あなたも、同じようにする。そういうのが身に染み付いちゃっているんじゃないかな。』というの節が心に残りました。これはそのまま先日私が「歩み寄り」として対話に求めるものだと主張したことそのものなんですよね。

それと重ねてhocusさんの書き込みを読むと、確かに自分が甘いものを求めていたように感じてきております。

【MAAさん】
(1)についての私のこれまでの捉え方は、「未解決の事件については、容疑者が何人かいたり、見つかっていない犯人もいるはずだが、犯罪者はいない」「冤罪については(当人には可哀想だが法の上では)罪状の下っている人が犯罪者」というものでした。「法の網の目を逃れた」というのは「脱法行為」のようなものでしょうか? だとしたら、裁判で判決が出るまで犯罪者はいないものだと考えたと思います。

(2)については、ウッちょんさんに指摘された『たとえ「行為」を非難しても、それは「人格非難」に相当する』という問題に相当すると思います。私もそうなる危険性が高いと一昨日から考えてきました。
by MORIX (2010-01-23 18:41) 

ウッちょん

> MORIXさん
大変お待たせしました。ご質問への回答ですね。
だいぶ長くなってしまいました。申し訳ありません。

>そうすると今度は先ほどの『マイナス面はかなり抑制することができます。』という結果にどうして繋がるのかが分からなくなってしまいます。
はい。当然の疑問かと思います。
先日提案させていただいた『「人格批判を受けたと感じた人は、その人格批判に相当する発言には言及しない」という対策』ですが、実はこの対策の狙いは『本来の論題から話題をそらさずに議論を継続する』というところにあります。

もともと議論というのは相手の発言の一言一句に反応を返すものではありませんよね。相手の言ったことの全体を見て、言いたいことを捉え、論旨に照らして重要だと思われること、あるいは気になったところを挙げて反論なり質問をすると思います。そして、反応を返された側はその反応を見て、相手がどこを重視したのかを理解する訳です。これは対話の中でごく当たり前に行われていることですね。
で、このときに(人格批判に限らず)もともとの論題から外れた発言について反応(とくに反論)を返すと、これは「私はそこが(論題に照らして)重要だと受け取った」という無意識のメッセージになります。言い方を変えると、反応を返したことによってその発言のほうに話題がシフトします。いわゆる『話題がそれた』状態というのは、この過程が繰り返されてできるといえるでしょう。
そして、例えば人格攻撃的な発言に向かって話題がそれれば、傍目にはいわゆる『人格批判の応酬』に見える状況ができあがるという訳ですね。
「論旨に関係ない人格批判」と「論旨に沿った意見」とが入り交じった相手の発言に対して、人格批判のほうに反応を返せば、やがてそれが話題の中心になり、『人格批判の応酬』が始まりかねない。逆に論旨に沿った意見にのみ反応を返せば、そちらを中心とした議論は継続される訳です。誰かが再び人格批判的な発言をする可能性は当然ありますが、少なくとも『人格批判の応酬』に本来の論旨が押しつぶされる事態は防げるという訳です。

私が軽減できるとして挙げた『人格批判のデメリット』は、MORIXさんの挙げられたうち【一般の人への心象が悪い】【科学の客観性にとって邪魔】【ニセ科学批判側の内部分裂】【人格批判やネガティブキャンペーンの陥穽】に限っています。これらはいずれも、『人格批判の応酬によってデメリットが大きくなる』または『本来の論旨から話題がそれることでデメリットが発生する』のいずれかに当てはまると考えられるものです。少なくとも、本来の論旨に沿った対話が続けられている限りは、多少会話に人格攻撃的な発言が混じってもこれらのデメリットは大きくならないというのが私の考えです。

ついでに言うと、このような狙いを持った対策であるため、この対策は「歩み寄り」には全く役に立たないと言ってもいいでしょう。というより、一度話題がそれてしまうと、本来の話題に戻すことは困難です。あまり話題の拡散が進行していない段階でのみ通用するテクニックであるという弱点はありますね。


…とここまで書いては見たのですが、実のところ私自身はhocusさん発案の
>「こういう書き方をしてしまったことは自分の不徳の致すところ」とあっさり表明するでしょうね
という方法にもかなり魅力を感じています。こちらの方法でもここまでご説明してきた狙いとほぼ同様の効果が得られると思います。つまり、『話題をそらさないように対処する』という基本さえ押さえていれば、『言及しない』という方法に拘る必要は全くないということですね。『言及しない』というのはそのうち最も簡単な方法であるというだけです。

他に何かご質問などがあればお受けいたします。では。
by ウッちょん (2010-01-25 19:53) 

MAA

まあ、既にブログ主が新しい記事を始めているので
どこに立てるべきか分からないが、とりあえずここに。

Morixさん

(1)あなたの定義は分かっているから私の投稿が
あった。
問題はその「あなた語法」が誰にも通じず、日本語の
普通の言葉遣いとは異なることだ。
普通の日本語では「犯罪者」は「有罪判決を受けた
人のこと」ではないし、「道徳」は「民主主義国家の
成文法の規定」ではない。ちなみに、前者について言えば、
それは推定無罪の原則とは何の関係もない。

で、そう言う「自分語法」の使用者が真面目な議論に参加
してもノイズにしかならない。

(2)例えば、誰かが詐欺を行ったと非難したら、それを
「人格攻撃」と呼ぶのが日本語の普通の使用法だよ。
そんなところからいちいち同意を積み上げて議論することは、
なかなか難しい。
by MAA (2010-01-26 01:17) 

MORIX


【ウッちょんさん】
丁寧なご説明ありがとうございました。大変分かりやすく、また同意できる点も多々でした。
>そして、例えば人格攻撃的な発言に向かって話題がそれれば、
>傍目にはいわゆる『人格批判の応酬』に見える状況ができあがるという訳ですね。
私がこれまでこちらで行ってきた応答がまさしくそれですね。私はこちらのブログにお邪魔するようになった当初から、人格批判についての話をさせて頂いて来ましたが、現にこのような状況になってからは、それそのもの難しさと、傍目から見た時の印象の悪さ、見苦しさを皆さんに与えてしまっていることを実感しています。ウッちょんさんのご提案を、もっと早い段階で私が実施していたら、本来の論旨における議論ができたのかもしれませんね。

>少なくとも、本来の論旨に沿った対話が続けられている限りは、
>多少会話に人格攻撃的な発言が混じってもこれらのデメリットは大きくならないというのが私の考えです。
私が懸念していたのは「ニセ科学批判側同士の議論」もそうですが、「ニセ科学を信じている人への議論」についての方がウェイトが大きかったのです。あちこちの場で見られるニセ科学批判が、あまりにも中傷・揶揄に走り過ぎている現状が、見ていて心苦しかったのです。

>実のところ私自身はhocusさん発案の
>>「こういう書き方をしてしまったことは自分の不徳の致すところ」
>>とあっさり表明するでしょうね
>という方法にもかなり魅力を感じています。
おっしゃっている通り「言及する」「言及しない」の違いがありながら、ウッちょんさんの狙う効果はどちらも期待できると思います。しかし今の私は、ウッちょんさんが先に提案して下さった『もし相手が人格批判しかしないと感じたならば、あなたとその相手との対話は(適用範囲を定めたルールを設けない限り)無理です。何も言わずに帰ったほうがお互いのためでしょうね。』というのが現実的な策かなと、感じております。しかし、Judgementさんが「人格批判しかしない」人であるかというと、私は最初から「そうではない」と感じています。

【MAAさん】
(1)
私はおっしゃる通りの「推定無罪」の原則で捉えておりました。その点で「自分語法」だと指摘されても何も返す言葉がありません。また「社会道徳」はウッちょんさんとのやりとりで説明させて頂いた通り「自然法、慣習法、成文法などが織り混ざっているもの」だと考えておりました。「個人の道徳」に関しては「その人の生き方、経験、背景、主観的要素、客観的要素などが混ざっている」と考えていました。もちろん私の観方であって、それを皆さんに強要していた訳ではありません。
(2)
>そんなところからいちいち同意を積み上げて議論することは、なかなか難しい。
そうですね。実質的に不可能でしょうね。私は自分自身に出来ないことを、他の方に求めていたのかも知れません。

by MORIX (2010-01-29 19:49) 

ウッちょん

MORIXさんは終結宣言を出されたようですね。
それじゃあ私もここらで撤退いたしますか。
私も今回は色々と勉強になりましたね。やっぱり人の話をきちんと読む(聞く)のは大事だナアと実感しましたよ。実際に会話に参加してみて、Judgementさんたちの仰っていたことが後から理解できたりして面白かったですね。
Judgementさん、MORIXさん、皆さん、本当にありがとう。では。
by ウッちょん (2010-01-30 23:38) 

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