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「本好き」になろう!(受験生必見) [思い付き]

前回の話のちょっと続き。
勝手な予測なんだけど、cosiさんとnaokoさんは「本好き」って点で共通するんじゃないかな。

ネットでのやりとりは基本「言葉」だけなんだよね。
んで、そこで必要となる
・ 「言葉」から色々読み取る能力
・ とりあえず人の話を聞いて考える能力
・ 他人の考え方を吸収する能力(”覚える”ではなく)
etc、etc....なんていうのは
やっぱ「本好き」に一日の長があると思うなぁ。

言っとくけど、学術書だのマニュアルだの辞書だの情報誌だの
そんな「知識ばかり」の本を読んでもその力は付かない。
やっぱ、色んな著者の小説、言論、エッセイを読まなきゃダメ。

そしてこれは「国語力UP」にも繋がると思う←受験生必見!
私は大学受験国語は神の領域(9割~10割)だったんだけど
私はほとんど国語の勉強した事なかった、謙遜じゃなくてマジで。
その証拠に古文の文法は、補修の補修の補修までやらされたもの。
(そんなのいちいち覚えてもせいぜい5点だし、と思ってた)

その代わり本は読んだ。読んだ。読んだ。
通学のバスの中はもとより、トイレやお風呂、時には食事中も読んだ。
授業中も、教科書に挟んで読んだ(←だから、国語と数学以外は全滅)

ちなみに
人に感心されそうなのは中国哲学(論語だの荘子だの)を色々読んだぐらいで
大部分はエッセイだの娯楽小説だのだった。
(当時は「コバルトノベル」にはまってた)

そんなんでも効果あるんですよ(多分)。
別に井伏鱒二とか、そういう純文学でなくてもいい。
(私は読書課題で出された「黒い雨」を半分も読まずギブアップした)
むしろ、そんなの読んで「読書」を苦痛に思うくらいなら
赤川次郎の方が100倍いい。
(私は一時期、赤川次郎の本をすべて読破しようとした事があるけど
 私の読破していく速度は、彼が新しい本を出す速度に負けた...)


受験生の皆さんも、その他の皆さんも、もっともっともっと本を読もう!
読書は、どんな所でも(暗い場所除く)、ちょっとの時間でもできる娯楽です。

...って言ってると、どっかの出版社が何かくれないかな。


※ なお、国語以外の成績が下がっても関知しません。
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cosi

そうですね。私も、本好きです。でも、naokoさんやJudgementさんには、質、量ともに及ばないと思います。
中国哲学なんて、なんと渋い!読もうと考えたことすらなかったですよ。
赤川次郎は私も読んでましたよ~。

ところで、Judgementさんのあげた、

・ 「言葉」から色々読み取る能力
・ とりあえず人の話を聞いて考える能力
・ 他人の考え方を吸収する能力(”覚える”ではなく)

確かに、これらの能力を高めるには、幅広くエッセイや小説を読んで、いろんな人間や、人間同士の化学反応を知っておくことは大切ですね。

それに加えて、自分の考えや価値観は置いといて、他人の価値観を受け入れる場所を作れる能力も、重要に思います。

いい意味での受身な姿勢、受容する能力。

「鶏が先か卵が先か」ですが、受容する能力のもともと高い人が、いろんな本を読もうと思えるのではないでしょうか。そして、読むことでさらに人間への理解が深まる。

もともと受容する能力の低いタイプは、他人の内面世界であるエッセイや、小説は読む気がしない。自分の趣味に合う、知的好奇心を刺激する本以外は読もうとしない。そして人間を理解する力はいつまでも高まらない。

そういう他人の内面世界を受容する能力は、一般に男性より女性の方が高いように思います。個人差はあるでしょうが。
よく言われているように、やはり妊娠出産し、子供を主に育てる性だからでしょう。

男性は、人の話を聞くタイプの職業についている人を除くと、おそろしく人の話が聞けない、聞く気すらない人が多いように思えます。(特にソースはなく、個人的体験での意見です。)

これって、ニセ科学批判の人、特にPseuDocterさんの、昨年末の一連のコメント群を読んでも思うことです。(名指ししてしまった。漠然と批判するよりいいかなと思って。)
自分の色眼鏡での解釈しかできない、自分の価値観を押し付ける人だなと思う。

大義名分を振りかざして、他人の権利を踏みにじっても、自分は正義の味方だから許されるとでも、考えているのでしょうか。
単に、人間の器量が小さいということなんでしょうか。
自分と異質な人の言うことを、虚心坦懐に受け止める度量がない人、と私は思います。

彼に限らず、狂信的なニセ科学批判の人達は、ある意味純粋で、悪気がないのかもしれません。
(私が指す、狂信的なニセ科学批判の人達というのは、kikulogとかで、感情的に相手側を攻撃する人を指してます。それに、対話を一方的に打ち切るような言論統制を敷く人。)

今まで私は、そういう狂信的なニセ科学批判をするのは、見栄や偽善からだろうと考えていました。自分達の頭の良さを誇示したいとか、親切な人だと評価されたいとか。

それに加えて最近、実は彼ら自身が、非常にだまされ易い、純粋な人達だからではないかという可能性も、考え始めました。
きっと彼ら自身が、膨大な科学知識で武装しないと、すぐにだまされるほどに純粋なのかもしれない。

だから他人も、自分達と同じように、「科学知識がないとだまされるに違いない」と思い込んで行動する。「皆がだまされるといけない」と心配して、不安にかられて、善意から。

もともとの不安感も強い人達のようです。だから秩序が保たれることに、非常にこだわる。社会規範だとか、嘘はいけないとか。嘘を見抜くことができないし、故意に嘘をつくことができない、純粋な人達だからでしょう。

科学リテラシーが低くても、だまされない人はだまされない。
科学リテラシーが高くても、だまされる人はだまされる。
実のところ、ニセ科学批判やっている人たちほど、だまされやすい純粋な人達はいないのかも。

だから、ニセ科学批判と称してネット上で集結して、次から次へと仮想敵を設定して気炎を上げるのは、余計なお世話だし、子供っぽく見える。

Judgementさんが、「議論好きの議論下手」のコメント欄で書いていた、

>昔は「疑似科学を批判する人」って基本懐疑主義だったんだよね。
 「疑似科学」だけでなく、「科学」にもちゃんと懐疑の目を向けていた(と思う)

こういう大人な姿勢に、立ち戻ればいいのにと思います。
by cosi (2010-05-30 01:01) 

naoko

しばらくこちらにコメントしていなかったのだけれど、Judgementさんの『読書のすすめ』に惹かれて、ひょこひょこやってきました。

わたしがおすすめしたいのは、良質のファンタジーです。
現実的な物語は読めても、ファンタジーとなるともうダメ、という人も多いのではないか、と思うのです。
リアルな話から外れて、絵空事を読んでいるような気がしてしらけてしまうのですね。
確かに、絵空事のお遊びになっているファンタジーもたくさんあるし、そんなの楽しめないというのもわかる気がする。
でも、もっとも良質のファンタジーは、物語の流れの中で、〝心の必然〟として立ち現れる種類のファンタジックな展開を呈してみせます。
つまり、内観によって捉えられる、リアルでダイナミックな展開を、そこで読者は体験できるのです。

そして、そういう良質なファンタジーの物語世界の奥行きに気づかない人は、実生活においても、「目に見えない」世界(例えば、他者や自分自身の心の世界など)の把握能力が低い、つまり幾分鈍感な面があるのではないか、と思うのです。その辺が、「対話ができない」ことに、大いに関係するかもしれません。

逆に、物語世界のお約束として、ある種のSFのように、巨大な妄想を膨らませていくタイプの物語もありますが、こうした「自己肥大」の気のある物語には、変質狂的なニセカガク批判者は、タイプとして親和性が高いのではないかとも。

例えば、フィリップ・K・ディックは大好きだけど、アーシュラ・K・ル・グインやシオドア・スタージョンはちょっと苦手、メアリ・ド・モーガンとかルーマー・ゴッデンとかになるともう興味なし、とかね。(←わたしはみんな好きなのだけど)
by naoko (2010-05-30 05:16) 

Judgement

まぁ、このあたりの事は皆さんお察しのとおり
「ニセ科学批判」に見られる思考傾向、につなげたい話だけど
とりあえずは、本の話にお返事&おまけ

【cosiさん】
>中国哲学なんて、なんと渋い!読もうと考えたことすらなかったですよ。
なんだったんだろうねコレ。きっかけが思い出せない。
論語は真剣に読んだ記憶無いから、荘子か孫子あたりにまず興味持ったのかな
一時は大学で中国哲学をやろうと思ってたほどハマってたんだけどね。
ある程度(自分が満足する程度だけど)読破してから、飽きた。

>幅広くエッセイや小説を読んで、いろんな人間や
>人間同士の化学反応を知っておくことは大切ですね。

そうそう、それそれ。
自分の「実体験」の足りなさを、本で補う事ができるんですよね。
TVなんかでも情報は流すけど、規制も多いからあたりさわりの無いストーリーばかりだし、じっくり考える間もなく、次の情報に行っちゃうから、ともすれば「へー」で終わっちゃう。
でも、本は、自分のペースでじっくり読めるんだよね。

【naokoさん】
 非常に個人的事情なんだけど、私はカタカナで書かれた名称がなかなか覚えられない、という性質を持っていて、そのせいか海外モノの小説は苦手...せいぜい登場人物が少ない短編どまりだ。
 アジア版ファンタジー、「三国志演義」とか「水滸伝」ならば登場人物が100人超えようが気にならないんだけどね。

 ファンタジーって、「夢が現実になっている」話なんだけど、描かれるのはそれにより生じる新たな葛藤の方が主である気がします。
 つまり、結局はどんな素敵なものでも使う人間次第、というなんとも「現実的」なテーマがそこにある。
 それを、登場人物なり誰かなりを自分に投影して、嘆いたり、喜んだりするってのが一つの「実体験」として心に刻まれるのかなぁ、なんて思ったり。

【おまけ】
 ちなみに、私が思春期に最も影響を受けたのは
 氷室冴子さんの「なぎさボーイ」と「多恵子ガール」でしたね。
 同じ時間軸を男の子と女の子のそれぞれの視点で書かれており
 同じ出来事でも、人によって、感情によって、受け取り方が違う
 ってなことをよりリアルに教えてもらった気がします。

 女流和製SFの金字塔(?)新井素子さんも読んだなぁ。
 まぁ、”サイエンス”であるかどうかか異論のある人もいるかもしれんが。
 特に好きなのは「星に行く船シリーズ」。
 
 いま結構はまっているのは「絵本」。
 ファンタジーの原点だ。

 なお、本棚の飾りになるような素敵な外国絵本ではなく
 図書館に普通に置いてある子供が読むための絵本。

 子供の読む本、と思うかもしれないけど
 物心付かない子供ですら面白く思う、というのはすごいと思う。
 で、改めて読むと、思っていたより「シュール」であったりする一方で
  「言葉」の分量が少ない分、非常に磨かれている。
 (モチロン、「絵の味」というも楽しめるけど)

 ただ、うさこちゃん(ブルーナ)や、こぐまちゃん(わかやまけん)が
 動物園に行く話を読むと「お前も本来檻の中の存在だろ」と思ったり、
 森の動物達が仲良くやっている話なんかでは
 「この狼は普段何を食べているのだろう」と思ってしまう私は
 汚れた大人だ... 
by Judgement (2010-05-31 01:06) 

cosi

しょっぱなから、別方向にぶっ飛んで、ごめんなさいでした。

読書に関する話ですよね。
naokoさんが挙げていらした作家の名前、ディック以外は聞いたこともなかったです。(ディックもきくちセンセイつながりで名前を知ったくらいで、読んだことはないです。)
wikiで調べてみましたが、どの作家もおもしろそうですね~。
読みたくなってしまいました。特にルーマー・ゴッデンの「人形の家」あたり。
メアリ・ド・モーガンはルイス・キャロルと親交があった人のようですね。父親が数学者で。
ファンタジーに分類されるものでは、私はミヒャエル・エンデの「モモ」に、深く影響を受けました。高校生の頃に読んだのに、いまだによく思い出してしまうほど。

中高生の頃には父親の影響で、司馬遼太郎を中心に、歴史物を多く読んでいました。「項羽と劉邦」、「関が原」、「燃えよ剣」とか。「男(漢?)」についての勉強になった気がします。現代日本とは状況が違いすぎますが。

氷室冴子も読みました!懐かしいです。あの頃の体力、記憶力に戻りたい・・・。「ざ・ちぇんじ!(新釈とりかえばや物語)」が特に好きでした。

最近「赤毛のアン」を読みなおしました。子供の頃は、アン目線で読んでいたのが、マリラ目線になっている自分に気付き、愕然としたり。

一般に「赤毛のアン」は、少女向けの本、みたいなとらえ方をされていますが、再度読んでみて、モンゴメリの人間観察の見事さに驚きました。子供の頃は、そのあたりに気付かなかった。

>子供の読む本、と思うかもしれないけど
 物心付かない子供ですら面白く思う、というのはすごいと思う。

そうですね。
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」もそうでしたが、子供向けとされている本を、大人になって読みなおすと、奥の深さを再発見させられますね。
前知識のない子供が読んでも、面白いということは、それだけキャラクターにインパクトがあって、物語設定が魅力的ということでしょうか。
シンプルにしなければならないだけに、エッセンスが詰まっている。

ところで、モギケンは、ニセ科学批判系の人達には不評なようですが(もしかしてJudgementさんもアンチ?)、私は、あのほんわかした感じや、何言っているか最初わからないけど、後から漠然と伝わってくる何か熱いものが好きです。(なんのこっちゃ)

モギケンも、『「赤毛のアン」好き』らしいです。その辺が幅広い人達に、特に女性に共感されやすい感性を育んでいるとみましたが。どうでしょうか。
幅広く偏らずに、つまり女性向け子供向けとか区別せずに読むことが、大切なんでしょうね。それで、多くの人の感性と通じることができる。偏食も良くないけど、偏ったタイプの本しか読まないのも良くないのでしょう。
by cosi (2010-05-31 19:51) 

naoko

Judgementさん
新井素子さんの「二分割幽霊奇譚」は面白かったです。
外国作品になじみがないというのは残念ですが、日本の「御伽草子」なんかも、すばらしいファンタジーですよね。
それに、おっしゃるように「絵本」が、ファンタジーの原点と言うのは確かですよね。ゼンダックなんかまんまファンタジーだし。わたしも絵本は好きです。
そういえば、ルーマー・ゴッデンの作品にも、「迷子になったお人形」というとっても面白い絵本があります。

cosiさん
ルーマー・ゴッデンの「人形の家」は、とっても面白いですよ。でも、わたしとしては、ルーマー・ゴッデンなら「ディダコイ」の方を、さらに勧めます。
「赤毛のアン」シリーズでは、大人になってからのアンの物語、特に「アンの夢の家」とか「炉辺荘のアン」が大好きです。
それから、もしアンシリーズがお好きなら、同系統の連作で、「ヒルクレストの娘たち」のシリーズがお勧めです。こちらはイギリスの物語です。
あと、ド・モーガンの短編集「風の妖精たち」は、cosiさんなら、好きになるのじゃないかと思います。
あと、わたしは茂木さんけっこう好きです。
「すべては音楽から始まる」は面白かったですね。
by naoko (2010-06-01 01:36) 

naoko

ちなみに、「ヒルクレストの娘たち」は、Judgementさんのおっしゃっている氷室さんの作品のように、同じ時間軸をそれぞれの姉妹の視点から描いた連作です。四人姉妹なので、ある意味、同じ物語が四度語られるのですが、まったく飽きないのです。
同じ一つの出来事が、これほどまでに、それぞれ受け取り方が違うのか!、と驚かされます。
by naoko (2010-06-01 01:47) 

cosi

naokoさん、いろいろと本の紹介ありがとうございます。
本好きのつもりでしたが、世の中、知らない世界がたくさんありますね。
「風の妖精たち」確かに好きになりそうです。精霊とか信じたいし、信じているクチですから。
ルーマー・ゴッデンの「ディダコイ」も読んでみたいです。ルーマー・ゴッデンは、12歳の時に、それまで育ったインドからイギリスに移ったり、2年間で5回転校をさせられたりと、子供の頃精神的に大変だったようですね。
転校で苦労したあたりは、Judgementさんと似ていますね。

「ヒルクレストの娘たち」もおもしろそうです。同じ一つの出来事を、別々の視点から語られる話というと、芥川龍之介の「藪の中」を思い出します。

私は、茂木さんの音楽ものは、「音楽の捧げもの」というバッハについてのものを読みました。「すべては音楽から始まる」は、いろんな作曲家についてみたいですね。読まなきゃ。
それにしても茂木さんは、相当クラシック音楽にも造詣が深いですよね。そのせいか、風貌もクラシックの演奏家っぽい感じがします。
by cosi (2010-06-02 01:14) 

cosi

茂木さんのことばかり書いてすみません。
茂木さんのクオリア日記に、あまりに感動したものだから、ちょっと紹介させてもらいます。

茂木さんのクオリア日記の6月4日の、「語り合おうよ」という記事です。(週刊ポスト4月9日号に掲載されたものらしい)
イルカ漁のドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」についての話なんですが、ニセ科学批判にも、通じるものがあると思いました。
どういう人達にも、立場や理由や歴史があって、ある行動を選択している。だから、対立する意見を持っているからといって、最初から「敵」とみなした行動は、建設的な態度とは言えない。まずは、膝詰めで語り合うところから始めよう、という話のようです。
特に感心したのは、以下のところです。抜粋します。

*抜粋開始*

見終わって、とても、重苦しい感じになった。動物愛護など、ついつい感情が絡み、対立がエスカレートしがちな問題について、バックグランドの異なる人と人が関わりを持ち、理解し合うことの難しさが胸に迫ってきたのである。

*抜粋終わり*

こういうことを、さらりと書ける感性と才能がすごいと思いました。

ここの動物愛護を、医療問題に置き換えても、成り立ちます。
ホメオパシーなどになると、皆、すぐに激しく感情的になりますからね。
この記事を読むと、きくちさんと茂木さんの器の違いが、はっきりわかります。
(別に、物理学者としてのきくちさんには、文句はないんです。そもそも私は、そっち方面は、理解すらできないし。ただ、中途半端に医療問題に首をつっこんで、それも感情的になってしまって、対話にならないところはどうかな、と思うのです。kikulogのきくちさんの取り巻きに対しても、同じように思います。)

【naokoさん】
「ディダコイ」読みました!
いや~良かったです。かなり泣かされました。

私が好きな登場人物は、ピーターズとブルックさんです。
ジプシーとアイルランド人のハーフのキジィは、地域社会から浮き、学校でもいじめられて、心に傷を負っています。たった一人の家族のおばあさんも亡くして、心を硬い殻で閉ざしているような少女です。それで、優しくされても、反抗的な態度をとります。
それに対する、ブルックさんとピーターズの対応が、見事です。ブルックさんは、キジィの挑発にのらず、忍耐強く工夫を重ねて、キジィの主体性を尊重しながら、心を開くのを待ちます。ピーターズは、キジィが肺炎になったとき、甲斐甲斐しく世話をしただけでなく、物語の終わりの方で、キジィが皆に心を開こうかどうしようか、逡巡している時に、厳しく優しく、ドンと背中を押してくれます。
ブルックさんやピーターズのような、本物の「大人」になりたいと思いましたが、私は今生じゃ無理かな。

シンプルなシンデレラストーリーなのに、ジプシーなどのマイノリティの問題や、イジメの問題、児童保護など福祉の問題まで、いろんなことを含んでいる物語ですね。こういう本を読むと、本当に、相手の(特に、うまく発言できない人の)立場に立って物事を考えてみよう、という気持ちになりますね。
by cosi (2010-06-07 01:10) 

naoko

cosiさん、
ディダコイ、面白かったんですね。良かったです。
わたしもとても好きな本なので、勧めて読んでもらってから「あんまりよくなかった」とか言われると、けっこうショックだったりします(笑)。
ジプシーには昔からかなり憧れるんですよ。旅から旅への生活に。
だから、キジィが最初、独りで馬に乗って旅立とうとするところ、気持ちがとってもよくわかります。
「ルピナスさん」っていう絵本があるんですが、やっぱり旅に憧れる女の子の話で、大きくなってから世界中を旅するんです。それから…。
もしよかったら、読んでみてください。って勧めたばかりだ。
でも、通じる人に読んでもらえるのは嬉しいものだから、ついつい。






by naoko (2010-06-07 02:01) 

cosi

【naokoさん】
私も、旅には憧れます。でも、移動手段は、馬じゃなくて、車とか電車がいいです。泊まる所は、荷馬車じゃなくて、なるべく新しくて綺麗なホテルか、温泉旅館がいいです・・・。
心身共に軟弱者の私は、キジィのジプシーとしての生活を読んでいると、「私には無理」と思いました。トイレもお風呂もない、食事も外でって、毎日まるでキャンプですよね。
でも、昔かたぎのジプシーの、死んだらその人の物を、全て燃やすか壊して破棄するやり方は、シンプルでいいな、と思いました。
それに、年金だの保険だの確定申告だのと、無縁に生きてたんだろうなと、その点は少し羨ましかったり。

「ルピナスさん」も、すっかり読むつもりになっています。
naokoさんやJudgementさんに、紹介していただいた本は、手帳にリストアップして、図書館や本屋に行った時に、チェックすることにしています。
本屋で漠然と探していると、つい、平積みされている流行本を、読んでしまいます。それで、ハズレのことも多かったのです。だから、本をたくさん読み込んでいる方々から、「お勧め」を教えていただけることは、とてもありがたいです。
by cosi (2010-06-07 23:22) 

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