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論理的に考えるコト・番外編~B面~ [他ブログいっちょかみ]

(一連の記事なので、最初にこちらから読んでください)
 こちらでは、『論理的に考えるコト ~「心の闇」編~』のコメントから、spiklenci-slastiさん自身について検討してみます。
 ちょいと(かなり?)毒が強いのでご注意を。


【嫌がらせかよ】
 
 いきなりだけど、あなたの会社に、『これってセクハラかもしれないけれどさぁ』と言いながら、明らかなセクハラ発言をする奴いませんか?
 無意識にセクハラ発言する奴も当然イヤだけど、この手の人間はまたさらに別なイヤさがあるよね。
 こっちとしては、「わかってんなら言うなよ」って感じなんだけど、どういう理屈か知らんが、言っている本人はどうもそう言う事がセクハラ発言の免罪符になると思っているらしい。
 場合によっちゃ、無意識に言うより、分かってながら言う方が悪質と取られるだろうに。

んで本題。spiklenci-slastiさんのコメントから
そんなわけで、認識の健全性が通常以上に不透明な状態にあるのですが、ここはひとつ(Judgementさんへの)「依存を当然と思う心」を発揮して、長文コメントを投下してしまおうと思います。以下の指摘の健全性について、どうぞご検討くださるようお願いします。

 あのさぁ、あの記事読んで私が「依存を当然と思う心」に嫌悪感を抱いている事はわかんなかった?
 なのに、なんでわざわざ『「依存を当然と思う心」を発揮して』なんて言うかなぁ。
 つまりそれって、「私はあなたにわざと嫌なことをしますよ」と宣言しているのと同じなのに。

 セクハラ宣言もこの宣言も、きっと「言われる前に自分から言ってしまおう」作戦なんだろう。
 いわゆる、「自分はちゃんと分かっているんだからね、エッヘン」的な自己アピール。
 だけど、それはされる側にとってはむしろ嫌悪感を増大させる、底の浅い自慢なわけだ。

 それと「どうぞお願いします」と言う前に、「私はあなたにわざと嫌なことをしますよ」と宣言するなんて、、常識的に考えれば非常に狂ったお願いの仕方じゃないだろうか。

 ひどく感覚的な表現になっちゃうんだけどさ...
 「弱気」な自分である事を他人に押し付けて何とかしてもらおうとする「強気」な態度というか、「引きながら押す」という矛盾する行為が混在する故に、される側にとっては余計イライラすると言うか。

 古い話だけど、昔流行った「ぼのぼの」ってマンガに「シマリス君」っていて、しょっちゅう「いじめる?」と言って小首をかしげる奴がいた。
 それがかわいい、という人もいるだろうけど、私はダメだね。
 「いいからどっか行け」って言うか、もしくは一息に踏みつぶしたい。


【まさにダメな依存心】

 あとさ、「指摘の健全性について検討しろ」って、そりゃ本来私の仕事じゃないよね。
 spiklenci-slastiさんが「私の指摘の方が正しい」って言って、それを受けて私が「なるほど、ではそうなのか検討してみましょう」というのが普通の流れだよね。

 なのに、「読解の健全性を毀損しているか実際のところわからない」、「認識の健全性が通常以上に不透明」なんて、主張者自身が迷っているはずの代物を堂々と示してしまう。
 それだけでもアレなのに、さらには「指摘の健全性について検討しろ」と、まさに批判をなげかけているその相手に丸投げするって、何この流れ?

 これってさ、どっちに転んでも傷つかないためのイヤらしい布石じゃない?
 万一私が主張を認め『健全ですよ』と言われれば「ああよかった、私が正しかった」
 今回のように『全然健全じゃねーよ』と言われれば「ああやっぱり、そんな気がしました」

 私はいつからspiklenci-slastiさんの専属カウンセラーになったんだ?
 ホント、5万くらいはもらってもいい仕事だと思うぞ。

 てか、『健全性』という言い回しも、なんか逃げを用意しているようでイヤなんだなぁ(詳細は後述)。


【ムカツク先言い訳】
とまあ、以上です。なお、言及しなかった部分の正当性についてわたしがなんらかの意思表示をおこなったとは考えないでください。というのも、当事者であるがゆえに見方の健全性をつよく保証できないという立場においても言及可能であると判断した箇所についてのみ指摘するにとどめましたので。

 「言及しなかった部分の正当性についてわたしがなんらかの意思表示をおこなったとは考えないでください。」という物言いは、非常にムカつくね。

 いや、全てに対して意思表示を行えとは言いませんよ。だけど、それならば「他は考え中」とかなんかでいいじゃない、あるいは何も言わなくていい。少なくとも私が「他は認めるんですか」みたいなコトを実際に口にしてから、そういうことを言え。
 なんかさ、『お前はどうせ「言及しなかった部分は同意したと判断します」なんて言い出す奴なんでしょ、だから先回りして言っときますよ』って言われているようだ。ABOFANじゃないっつーの。

 だいたいさ、「見方の健全性をつよく保証できない」というのは、あくまでspiklenci-slastiさんの事情であり、言い訳。「それでも言及可能であると判断した」という判断もspiklenci-slastiさんが勝手にしている事。
 そんな私があずかり知らぬ理由や根拠によって、どう考えても恣意的にぶつけられている批判なのに、「まぁ、しゃーないか」と色々書いたわけだけど、そこでこんな「先言い訳」を言われると、正直萎えるわぁ。

 そんな「先言い訳」をする余裕があるんなら、そもそも「以下の指摘の健全性について、どうぞご検討くださるようお願いします。」なんて言わないで済むように、自分を客観的に見れる努力をしてからコメントしろ、って感じだ。

 今回、あの長いspiklenci-slastiさんのコメントのほぼ全てを取り上げて書いたのは、ある意味この「先言い訳」に対する当てつけみたいなもんだ。

 おっと、そこで「そんならこっちも全てにコメントしてやる」ってムキにならないでいいからね。記事として書くからこそ、そんな無茶もある程度見やすくする事ができるわけで、コメント欄でやられたら大変な事になる。ご自分のブログ(あるか知りませんが)でやるならいいけどさ。

 そうじゃなくて、部分の指摘ならそれでいいから、余計な事を言いなさんな、って話。


【逃げ道】
ところで、わたし自身は、この言及先のやりとりについて、ものすごくいろいろと思うところがあります。諸事情から若干のパニック状態にもおちいり、夏バテもあいまってすこしやせました(去年の夏は、すくなくともわたしの住んでいる地域は、めちゃくちゃ暑かったです。当時は、“このやりとりがぐでぐでになってるのは、夏の陽気のせいなんじゃないか”と、なかば本気で考えていました)。

 知らんがな。パニック状態も、夏バテも、去年の夏の暑さも。
 なんだよ、見ず知らずの人間の同情買おうとしてどうする。
 少なくとも相手を間違っている。

 多分このあたりが『健全性』というキーワードに繋がっているんじゃないかな。
 今回のように『健全性』が否定されても、その理由をパニック状態や、夏バテや、去年の夏の暑さという、『不健全な状況』による一時的な影響だから、私の本質とは関係ない、という“逃げ道”用の近況報告だよね。

 まぁ、そういう“逃げ道”を作っておくことで、精神の均衡を保つのは必要だよ。
 こんなブログのたわ言で意気消沈したりなんだりする必要は全くない。
 でもさ、それはspiklenci-slastiさんだけの問題なんだから、そういう逃げ道は自分の心の内にこっそり準備しておけばいいことなんだよ。
 そんなの、わざわざ相手に聞かせるものではない。

 いや中には、そういう事情もぜひ聞きたい、という奇特な人もいるかもしれないけどさ。
 そういう人だと分かった時だけやった方がいいと思う。。

 私は、あなたの心身の事情におかまいなしに厳しく言うけど、「夏の陽気のせいなんじゃないか」なんて問題を自分の外側に置こうとする性根こそが、“ぐでぐで”の原因のひとつだと思う。


【勝手な言い分】
そんなわけで、第三者の視点からこのやりとりについて分析しているものを読むというのは、きっとよい反省の機会となるだろうと考え、Judgementさんが予告なさっていたこのエントリには、かなり期待していました。しかし、残念ながら、このエントリは、そんなわたしの期待にこたえるようなものではありませんでした。これは別にこのエントリやJudgementさんをくさしているわけではなく、わたしの期待が、このエントリに対するものとしては、ずれずれだったというだけのことなのですが。

 分かればよろしい。

 んで、分かっているならいちいち言わんでもよろしいのだが。
いったいなにが言いたいのかといいますと。 Judgementさんがお蔵入りになさったこのエントリの残り3/4が、かりに、すでに書きあがっていたのだとして。そこに、わたしに対する批判的言及はふくまれていたのかな、と。そして、もしもふくまれていたのならば、また、もしもその原稿が現存するならば、それはぜひとも読みたいので、メールかなにかで送っていただくなりしたいな、と。じつはそれがこのコメントのかくれた本旨だったりします(もちろん、残り3/4がテキストとして存在してはいない場合などに、あらたに書きおろしてくれとは言いません。自分でもある程度の反省はできているつもりですし)。

 あまったれるなぁぁぁぁぁぁぁ。
 てか、「没にした原稿」という恥部を何で見ず知らずの個人にメールで送らねばならんのだ。

 「服を着た写真だけでは物足りなかったので、裸の写真もメールで送って下さい」
 というのを、知らん人から言われた事を想像してクレ。

 ...なんだろうなぁ、このイライラ感。
 おそらく「引きながら押す」の匙加減が非常におかしな事になっていると思うんだが
 それともそう感じる私の性格の方がおかしいんだろうか。


【意図がわからん】

 あと、最後にわざわざこんな追伸を書いてくださっていますが...。
P.S. ブログ内の別所にて、高橋昌一郎さんの『知性の限界』と『理性の限界』をおすすめしていらっしゃるのを目にしました。これらの本に対しては、専門的知識にかんする記述において不正確なところがあるという指摘が存在します。具体的には、以下のようなものです。
http://togetter.com/li/55939
http://critical-thinking.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-52fd.html
http://critical-thinking.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-c311.html
なお、みっつめの、不完全性定理の説明についての批判エントリに対しては、
http://d.hatena.ne.jp/wd0/20100123/a
という指摘も存在します。しかしこれは、読めばわかりますが、高橋さんの本の記述を正当化するような内容のものではありません。同書からのかぎられた引用部分だけを見ると、たしかに、意味論に対する形式体系の完全性と、ゲーデルの不完全性定理が問題としている完全性とがおなじ意味であり、ゲーデルの不完全性定理が示しているのは「数学の世界」で前者が成立しないことだ、と言っているぽく読めます。しかし、引用されているのはかなり部分的な記述ですし、わたしもそんなに知識がないので、あんまりつっこんだことは言えないです。ということで、とりあえず、このような指摘が存在する、という点だけおしらせするにとどめておきます。

 「おしらせされた」私はどーすれば良いのか。
 「このような指摘が存在する」、ほう、存在するのね。
 確かに、このインターネットという世界では、多様な物事に関する多様な指摘がある。
 だから、そのような指摘が存在するのも不思議ではないだろう。
 ...
 ......
 .........で?

 私はこういうオチがない話は苦手だ。だから何、って感じ。

 つうか、ここでは本の紹介記事も書いているけど、(記憶は定かではないけれど)多分この本に関してはコメント欄でcosiさんあたりに軽く勧めた程度だよね、だいぶ前に。
 
 そんなのが、脈絡無く今いきなり言及されると、どうしてもspiklenci-slastiさんの黒い思惑を疑ってしまう。まぁ、単純に「あなたが読んだ本について、私はあなたよりももっと知ってますよ」という自慢のメッセージなんだろうけどさ...

 ちなみに、私は「知識を得るため」というよりも、「人の考えの多様性」を楽しむために読書するタチだから、細かい話の正誤にはあまり興味はなかったりする(というか、細かい話はあまり覚えない。不完全性定理の説明がどんなものであったかすら忘れているし)。あと「不完全性定理の教本」として勧めてたわけじゃないはずだし、さほど問題は無いと思う。

 あと、ここでも「引きながら押す」が発揮されているんだよね(正確には「押しながら引く」だけど)。
 両論のサイトの紹介にとどまらず、「自分の感想」も加えて「押す」くせに、「わたしもそんなに知識がないので、あんまりつっこんだことは言えないです」なんて「引いて」みせるわけだ。
 モヤモヤするなぁ、まったく!

 んで、お知らせしたのは何故か、という肝心な部分の手前で「とどめ」ちゃう。
 イライラ

 てか、自分の感想をちゃっかり挿入しておいて、「おしらせするにとどめておきます」なんて、全然お知らせにとどめてねーだろ、って気も。


【最後に】

 spiklenci-slastiさんのコメントを骨までしゃぶってみたが、いかがだったでしょうか。
 あくまでspiklenci-slastiさんがやれって言ったから渋々やったんだからね。
 ホントはこういうコトやりたくないのに(嘘)。

 まぁ、私の精神衛生上の理由で付け加えておくけれど
 別にspiklenci-slastiさんの全人格を否定したわけではないからね。それに、私から見たspiklenci-slastiさんがこうであるだけで、別の人が見ればまた別な見方があるでしょう。

 だから、私のような人間が周りにはいない、とお思いであれば気にする必要は多分無い。
 でも、私のような人間が他にもいそうだ、とお思いで、その人達を「イラッ」とさせたくないという気遣いをするつもりがあるのであれば、私が言ったようなことは頭の片隅においておいてくれ。

 「自分は認めたくないコト」と「他人にそう見えるコト」は別モノですからね。
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