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なんだか怖いコト [妄想]

 ある瞬間における全ての物を同時に把握できる能力があり、それらのデータを解析できるだけの能力がある魔物には、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう。
 という世界観をラプラスという人は提示したそうな。


 もしも、もしもですよ。
 この世がラプラスの言うとおり、すべからく法則に支配されているとすれば...


 今、私は自分で色々考えて文章を打ったり、気分によって食事を変えたり、友達と他愛ない会話をしたりしています。
 しかし、それらは、宇宙と法則が出来上がった時、全て決定されていた事になります。

 自分で考え、行動しているように思えても、実際は決定された通りに動いたり考えたりしているにすぎない...
 ...というか、自分で考え、行動していると思い込む所まで織り込まれていた事になる。
 
 自分が何かを変化させているように思えても
 実は映画のように、上映する前からストーリーが既に決められているのだ。


 ...そう考えると、感情を上手く説明できないけど、怖い。
 自分の存在が危うくなる不安感、というか...


 ...でも、こうして不安になる事も、ずっとずっと気の遠くなるほど昔に決まっていたのだろうか。
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コメント 7

zorori

今晩は、

19世紀風決定論的世界観でも不確定性原理以降の非決定論的世界観でも、私自身はどっちでもいいと思っています。映画の中の人物には自由意思が無くつまらないと感じるのは、映画を外から見ているからではないでしょうか。映画の中の人物にとっては映画の外は存在せず(存在したとしても、神のようなもので人知は及ばない)十分に自由意思を発揮しているのだと思います。

進化の過程で脳ができて、自由意思と感じられるようなものが成立したのはその方が都合が良かったからでしょう。決定論的に実はそれもすべて決まっていることだとしても、それを知ることができるのは世界の外側にいる神様しかありません。初期条件さえ分かればすべてが決定できるというのはラプラスの悪魔でしかなく、人間には無理なわけです。世界の中の存在である人間にとっては自由意思は有力な武器であり、生きがいでもあります。もちろん、そんなものは神様(ラプラスの悪魔)から見れば、チャンチャラおかしいでしょうけど、私は神様と張り合うつもりは全く無いので、一向に構わないのです。

なかなか、この感じは伝えにくいのですが、例えば、人間から見れば犬の一生はつまらないものかもしれません。でも、犬自身にとってそうなのかは人間には分かりません。そもそも比較するのは無意味だと思いませんか。ラプラスの悪魔から見たら人間の一生なんてつまらないというのも、同様の無意味さがあるのではないかという感じです。

もうひとつ、自由意思の否定と言えば、リベットの実験がありますね。指を動かすという意思を感じるより前に、指を動かす脳内電流が流れるというやつです。あるいは、人間の知覚の意識は相当のタイムラグがあり、物が落ちてきたことを意識して避けようとすると間に合わないけど、自分ではそうしているように感じるというやつ。実は無意識に行動していて、事後的に意識的に避けたと感じているだけだという説。

このような解釈には異論もあるようですが、例えば車の運転などしていると、ほとんどの行動は無意識自動的だという実感がありなんとなく私は納得しています。

いずれにせよ、自由意思とは自分でイメージしているものとはずいぶん違うものかもしれません。でもそれでも良いと私は思っていますし、そういう自由意思でも機能があるはずです。

仮に、自由意思が幻想だと感じて、無気力になり一切積極的な行動をしなくなるかと言うとそんな人は実はいません。おなかが好けばラーメンを食べたいと思うし、どこか旅行にいきたいなあと感じるんです。一切自由意思を感じないで無意識で自動行動するかといえば決してそんなことにはなりません。実際は無意識の自動行動であっても、自由意思は感じているわけで、それには意味もあるし、それで十分じゃないかなあと思っていたりします。

by zorori (2008-05-21 20:32) 

トンデモブラウ

実は、宇宙の誕生以前から決まっていたんですよ、誰も知らないだけで。
誰も知らない決定事項が、本当に決定事項なのかどうなのか・・・

私が性格の認知に疑問を感じるのも、そんなところから芽生えるんですけど。
そして、オカルトに傾倒するのも・・・
by トンデモブラウ (2008-05-22 11:05) 

Judgement

うーん、私の恐怖は、自動的とか虚しさ、そういう感じではないんですね。

私も「決定された通りに動いたり...」とか述べましたが、突き詰めると「決定事項により進行している」というのではなく、”進行”という時間的の概念すら疑わしくなっていくというか。

実は何も始まっていないかもしれないし、実は既に終わっているのかもしれない。
例えば映画のフィルムという存在の中では、上映してなくても既に終わっている。
そして、それぞれのコマは独立していて、一秒前の私と今の私は別の存在というか...
別の存在なのに、それぞれが連続した意識を持っているかのように記録されているというか...

うーん、上手く言えないのがもどかしいけど、
上手くいえたらノーベル物理学賞でももらえそうだ。

まぁ、別に何かを暗喩したとか、人生に疑問を感じているとかではなくて
昔から妄想している哲学的(?)テーマの一つなのです。
by Judgement (2008-05-23 00:33) 

zorori

おはようございます。
勘違いだったようですね。

>私も「決定された通りに動いたり...」とか述べましたが、突き詰めると「決定事項により進行している」というのではなく、”進行”という時間的の概念すら疑わしくなっていくというか。

通俗解説書には、物理法則は時間に対して対称で、別に一方向に進む必要は無いみたいなことが書いてありますね。というか、そもそも空間軸との区別もあまり無い。私も理解しているわけではありませんが。
時間の向きを規定しているのは、熱力学の法則(?)みたいなもので、これは身近な世界の観測した経験則でしょうから、広い宇宙ではどうなっているか分からんですね。これ以上書くとぼろが出るので。
by zorori (2008-05-23 07:02) 

Judgement

例えば
1 ある記憶を持つ私
2 1と全く同じ記憶に1秒分加えた私
3 2と全く同じ記憶に1秒分加えた私
4 3と全く同じ記憶に1秒分加えた私

が、『個別に』存在する事、あるいは存在した事になっているが、全ては並列の存在であり、時間の流れは実際には無い。
4の人は1~3の時間をすごしたような錯覚を覚えるが、実はそれは最初から埋め込まれたもので、1~3の人とは別個のもの、という感じ。

あ~自分で言っててもどかしい。
何十次元という世界像を想像できるホーキング氏なら、上手く説明してくれるかしら?

妄想が迷走してる...もやもやもやもや
by Judgement (2008-05-24 01:10) 

disraff

「時間に流れなんか無い」という論を作中で用いているライトノベルシリーズ(それ往け!宇宙戦艦ヤマモトヨーコ)を思い出しました。現在ほとんど断筆状態だし、その論が話の中核というわけでもありませんが。

by disraff (2008-05-25 09:57) 

Judgement

ご紹介有難うございます。
SFはしばらく読んでませんね~。最後に読んだのは新井素子か?

あまり関係無いのですが、小学校の時近所の集会所に『奇想天外』(すばる社時代の)がありまして、何度も読んでいました。
その後、高校の時に古本屋で同じ1~10月号を入手しましたが、読むのは老後の楽しみとしています。
by Judgement (2008-05-26 21:45) 

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