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権威主義と属人主義 [疑似科学批判批判批判批判]

 まぁ、思惑アリアリで、だけど、さりげなくいきなりこういう話を紹介する。
 『無責任の構造~モラル・ハザードヘの知的戦略~ (岡本浩一著 発行所PHP研究所)』からの引用。著者はリスク心理学を唱え、JOC臨界事故の原因調査にも従事した人デス。

【権威主義】

 (権威主義的人格)の特徴は、最初にも述べたように、本来の善悪の判断を、教条、因習、反ユダヤ、自民族中心などに関連する判断と置き換えてしまい、独善的な善悪判断をしてしまう可能性のあることである。それだけでなく、権威主義に基づく判断は、しばしば強制的な色彩をおび、過度の服従を自らにも他者にも強いることになりがちである。このことが問題なのである。
 最近になって、権威主義的認知傾向は、複雑なものごとの認知能力の欠如と関連しているという考え方が強くなってきた。
 認知的複雑性と言われる個人差は、複雑な事象の認知能力について想定されている個人差である。たとえて言うならば、交響曲を聞いているときに、メロディーを聞きながらも、他の副旋律や和声にも気がつき楽しむことのできるのが認知的複雑性の高い人である。認知的複雑性の低い人の場合は、メロディーだけを聞いていることになる。
 認知的複雑性の低い人は、対人認知において、自分自身の「好き嫌い」が基調となる。自分が嫌いな人の知性が高いことや、自分の好きな人の勤勉さが低いというような場合に、それに気がつきにくく、嫌いな人を低く、好きな人を全般的に高く偏って認知する傾向がある・対人認知においてメロディーとでも言うべき評価次元(好き嫌い)に強く依存した単純構造の認知をするからである。
 認知的複雑性の低い人は、複雑な情報を複雑なまま処理することが苦手であるため、教条や権威など単純で明瞭な概今心によって自分の認知を割り切る傾向が強く出るので、権威主義的になりやすいのだと言われている。
 認知の個人差としてあげられているもう1つの要素に「あいまいさへの耐性」というものがある。あいまいさへの耐性の低い人は、複雑な事象をあいまいなまま認知することが苦手である。典型的には、ある行為が善か悪か、ある行為が職務上の義務違反かそうでないかというような判断にあいまいさが入っていることが耐えられない。そのため、二分法的に強く割り切る認知方略をとることになりやすい。この傾向は、ものごとを権威や教条など、明示的な基準によって考えようとする傾向と類似している。
(中略)
 したがって、権威主義的人格そのものは、既述のように、教条主義、右翼主義、因習主義、自民族中心主義などの社会的要素を核とする人格特性であるが、多様なもの、複雑なもの、あいまいなものの認知能力の低さが根底になっている可能性があり、自分の頭でものを考えずに、権威と関連する基準によって単純にものごとを判断しようという認知上の特徴を有している可能性が高いのである。
 よく人を誉めるのに「竹を割ったような性格」という表現が用いられるが、本書の立場からは、これは誉められたものではない。竹を割ったような性格とは、オール・オア・ナッシングの二分法的発想をする性格ということで、それは、認知的分化度の低い認知傾向にすぎないからである。そういう人が自分にとって「裏がなくてつきあいやすい」とすれば、それは、自分も認知的複雑性が低いからで、認知的複雑性の高い人から見れば、そのような人は感情の肌理の粗いつまらない人で、多面的な判断のできない人なのである。竹を割ったような性格という表現には、もしも怒らせると凶暴になるという含みもあるが、それも「加罰性」として次項に述べるように、やはり、権威主義的人格の一つの型なのである。


【属事主義と属人主義】

 「属事主義」とは、私の造語である。ことがらの是非を基本としてものを考えるのを属事主義と呼ぶことにした。ことがらの是非を基本とするなど、当たり前のことだと考える人が多いだろうが、日本社会では、どうも、これは当たり前ではないようである。日本の企業風土では、ことがらの是非そのものよりは、そのことがらに関係している人が「よい人」かどうかの評価によって種々の決定を行う傾向が強いのである。たとえば、同じ内容の企画書でも、誰が提案したかによって、採否が決まるということがしばしばある。こちらのほうに私は「属人主義」という言葉をあてて、属事主義と対比させている。
 その傍証として、日本で「是々非々でやってくれ」という言葉がときどき用いられることを指摘しておきたい。「是々非々でやる」というのは、ここでいう属事主義でことがらを進めるというのと同じことである。この当たり前のようなことが、わざわざこのような慣用句になっていることは、むしろ「是々非々でやる」というのが、通常のやり方ではなく、ものの進め方の例外になっていることを示している。
 つまり、「是々非々でやってくれ」というのは、属人主義的な通常のやり方でなく、例外的に属事主義でやってくれという意味なのである。
 そのもう一つの傍証に「属人主義でやってくれ」にあたる慣用句がないことをあげることができる。このことは、すなわち、属人主義的なやり方が圧倒的なディフォルト・オプションであることを示しているのである。


【属人主義的情報処理における問題点】
※ 要点のみ抜粋

1 案件の細部に対する注意が若干疎かになる。
2 反対意見が躊躇される度合いが高くなる。
3 意見の「貸し借り」が起こる。
4 新しい分野での判断に間違いが生じやすくなる。
5 誤りが正しにくくなる。
6 対人情報への信頼過多が問題となる。
7 イエスマンが跋扈する危険がある。
8 組織としての自己評価、現状認識が甘くなる。
9 無理な冒険を生む。
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