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自分を信じるな! [悪徳商法系]

 えっと、ここ暫くギスギスした話題ばかりでしたが、たまには汎用性のある話を。
 「女帝も裸だ!」におけるUKAさんコメントで、自分の原点を思い出したので、その事を書きます。

【UKAさんのコメント(抜粋)】
 実は、こんなところで言うのもアレなんですけど、自分の親父様なんか、田舎の純朴で信心深い性格が影響してるのかもともとナイーブなんだかわからんのですけど、普通に考えたら、多分人生に成功してる範疇なんですけど(高卒で役員)、コンプレックスは有ったみたいで、ノストラダムスの大予言に始まり、守護霊、ほんで、今話題?のK福実G党の母体の宗教にはまってしました。
 そりゃぁいろいろと修羅場が有りましたが、何とかK党(略)とは距離を置いたものの、実家に帰るたびに頭が痛くなることを言うわけで、(まぁニセ科学に弱い。つうか生来のお人よしで人を疑ってない)今年の正月なんか、ピラミッドパワー(男のロマン?)が実在するか否かでアホみたいな話ですが親子の仲が険悪になる始末です。

 で、自分みたいに、ごく身内にそんな実害(善意で広める)予備軍が確実に存在している立場からすると、Jさんのような活動も、それからその他の立場からの全ての活動も非常にありがたいんですよね。
 でも、Jさんなり、某女帝の人やたくさんの人が言われている言説を直接自分の近親関係で確実に存在する人々に直接ぶつける事なんか出来ないです。

 まぁ、自分の能力限界(笑)というか、自分で消化出来ていない言説を他人にぶつけるなんて出来ないだけなんですけど。
 それでも、とりあえず肉親の暴走を掣肘しつつ、時間を稼ぎながら、暴走を止めることは現実に出来ているわけで、自分の考えを磨く観点から、それこそ皆様に大感謝だったりします。

 と、書いてしまう私は、親父様に似て、人を疑うことを知らない、Jさんから見たらカモな人種なのだろうか・・・


【私のルーツ】

 私にとって、疑似科学やらというのは副産物のようなもので、元々は大学時代から、悪徳商法や、洗脳系宗教、あるいは当時「セミナー」と呼ばれていた自己啓発系講座あたりに対して興味を持って(というか危機感があって)調べたりしていた。

 親元離れ、一人暮らしを始めた私にとって、これらは「すぐそこにある危機」。
 夜中のコンビニ駐車場で、洗脳系宗教の信者から靴下を買わされそうになったし、自転車で流す青い目のキリスト教系宗派の人とミスドで宗教論議もしたし、朝叩き起こされ「あなたの血を綺麗にしてあげます」となんとも失礼な申し出を断るのに閉口した事もある(まぁ最初の例以外は「洗脳系宗教」とまでは言えないケド)。
 “選ばれた人にお勧めしている”「宅建資格講座」を断るのに2時間渡りあうハメになった事もあるし、何かが当たったらしい葉書が来たので問い合わせたら「直接お渡しするので来て欲しい」と言われた先が“隣の隣の隣の市”で「行けるかバカ」と思った事もある。そして、好きな画家の絵の展示会があると言うので行ってみたら、貧乏学生相手に50万円の絵をしつこく勧められたりもした。また、直接の被害は無かったけど、ファミレスでは”浄水器”を必死で勧める女をよく見かけた。
 そして、昔の友人がセミナーにはまってしまった、何て事も耳に入ったりした。
(大学にありがちな「左翼」は幸いにして弱体化して勧誘の魔の手は伸びてこなかったケド。)

 今にして思えば無防備すぎた所もあり、被害に合わずに済んだのは「偶然」と言うのが最も妥当カモ。

 確かにそう言うネタには早期に興味を持って関連しそうな本を読みまくってたけど(当時はインターネットは普及していなかった)、逆に生半可な知識を持っている方が危険だったりする。

 あえて必然的な理由を探すとすれば、
 私が、「効果的な騙し方」の薫陶を受け、勉強し、それを活用するいわゆる「騙す側」だったため、というのがあるかもしれません(...誤解しないで欲しい。「手品」の話ね)。
 あと、心理学という人間不信の源となるようなロクデモナイ学問を専門としているわけだしね。

 「騙される側」が「騙されないように」色々考えても、「騙す側」から見ればたかが知れています。
 ということで、今回は、そんな「騙す立場」でお話ししてみよう。


【こうしたら被害に合わないか?】

 具体的にどういう手口で、という詳細は他のサイトや書物に任せる。
 とりあえず、こうした悪徳商法や、洗脳系宗教・セミナー、あるいはニセ科学に引っかからないにはどうしたらいいだろうか?

 やはり以下のような意識が必要ではないのだろうか。
・ うさんくさい話に乗ってはいけない。
・ よくわからないまま契約してはいけない。
・ 信頼できる機関に確認する。


【そうしたら被害に合わないの?】

 ...な~んてね。
 こんな事が「騙される側」の予防策としてよくまことしやかに言われるけども、ハッキリ言って、これらの対策は「玄関の鍵だけ閉めて窓の鍵を閉めていないようなもの」デス。

 本で被害の実態なんかを読むと「うわぁ、よく信じるなこんな事。そんなのあり得ないでしょ」と思うだろうし、「自分だったらこう防ぐだろうなぁ」とか、「こう論破するのに」というアイディアが次々と思い浮かぶでしょう。

 でも、それは甘い。
 それって単にそれが悪徳商法であると言う結論を知った上だから言えるんだよね。
 通り魔事件の被害者に「あの攻撃は十分避けられたでしょ」と言うのと同じ。

 前章で挙げた3つの注意点なんて、騙す側にとっては「相手は当然そんな警戒をするだろうな」という“当たり前の前提”。
 「騙される側」は3つの注意点を守る事だけで精一杯なのに、「騙す側」はそこが出発点なんだから、太刀打ちできっこないわけです。
 「騙す側」と「騙される側」は、肉食獣と草食獣ぐらいの差があると言ってもいいくらいなんですね。
 狩りをする側は効果的な狩り方を常に考えていますが、狩られる側は狩られるまで何をされるか分からないし、何かされたと気付いた時は大抵既に捕食されているのです。


【疑い深い人は騙されない?】

 皆さんは、『始終疑いの目で見る人』、『論理的・合理的な人』は騙されにくいと思っていませんか?
 
 マジシャンの視点で言わせてもらえれば、“そんな人こそ”騙しやすいんです。
 悪徳業者の人も、学識のある人の方が騙しやすい、なんて話を読んだ事があります。
 自称超能力者も、J.ランディ(マジシャン)は騙せなくても、科学者は易々と騙せたりします。
 手品師から見ればどう見ても「手品」なのに、手品の素人が自信を持って「あれは手品なんじゃない」と言う人がいる。

 何で手品じゃないと分かったの?と聞くと
 「タネがあるようには見えなかったから」と言う。

 当たり前だ、手品だってタネがあるようには普通やらない。

 科学者が想定する「厳密さ」なんて、2000年を超える手品の英知の前では、ザルで水をすくおうとするようなもの。

 でも科学者はそれを「厳密だ」と信じて疑わないから、それをクリアされるとあっさり支持者にまわってしまったりするのである。

 それは何故か?
 「疑いの目」は基本的に視野が狭くなるんですね(事実としても、比喩としても)。
 「騙しのプロ」は、そういう「疑いの目」を都合良く操作するのが得意です。
 これを「ミスディレクション」と呼ぶのですが、要は「情報操作」ですね。誤った情報を与える、というよりかは、都合の悪い情報を頭に入力させないという感じ。

 で、操った狭い視野の外でいくらでも「密かな作業」ができるんですね。

 しかも、『論理的・合理的』な人は、視野に入っていない部分で何が起こっているかを、見ていた断片的な出来事から勝手に『論理的・合理的』に判断してくれるから非常にありがたい(点と点を律儀に直線で結んでくれるから、思考の操作がしやすい)。

 最終的に、実際には一部しか見ていないのに、「隅々まで見ていたが仕掛けはどこにもない」と勝手に解釈してくれるわけです。

 そうなるとこんどはうってかわって「絶対正しい」と確信しちゃうのね。

 この時何が起こっているかというと、相手を信じているのではなく、自分の判断を信じてしまっているのです。


【信じるシステム】

 「自分で判断した」
 これが、非常に大きな楔になります。

 悪徳にも色々ありますが、“恫喝”や“信頼感”を利用した手口、あるいは最近はやりの“振り込め詐欺”のように,被害者にとって「他者にさせられた(任せた)」ものは,そこで生じたデメリットは客観的に評価できる。だから、騙された事にも気付きやすいし、躊躇無く消費者センターや警察に駆け込めるわけです。

 しかし、「自分で判断した」事実がある場合、“自分の責任”というのがどこまでもこびり付いて来るのですね。

 しかも、人間ってのは「自分の判断」ってのはなかなか否定できない(「他人の判断」ってのはいくらでも否定できるんだけど)。「何故か」という話は何度もしたつもりなので簡単に言えば『確証バイアス』と『認知的不協和理論』のコンボの凶悪さ、と言った感じ。

 一度自分で判断した事について、もう一度判断し直そうとしても、「“正しい”と判断できる情報がどれだけあるか」を検討する事に終始して、「正しくないか」の検討には手を付けないんですよ。
 皆さんも経験有ると思いますが、車を買う時、決定するまでは様々な会社の車のパンフレットを集めて比較するのに、契約してから納車まではその車のパンフレットを眺める事しかしませんよね。つまり、判断前は公平に情報が収集できるのに、一度判断すると、後は自分の選択にポジティブな情報しか見なくなるわけです。

 それが酷くなると、直接的には支持していない情報でも支持しているかのように曲解したりもするし、全く支持しない情報を耳に入れてしまっても、それを「例外」としたり、あるいは「悪意による歪曲された情報」と捉えたりしちゃいます。

 こんな思考は、「最初からゴールと設定して、そのゴールに向かわない情報はことごとく排除する」んだから、辿り着く結論は「正しい」以外にあり得ないのね。

 でも、そんなんで「私もちゃんと正しいかどうかもう一度検討したが、やはり正しかった」と確信を強めるわけです。


【具体的手口】

 そのため、上手い悪徳業者は、形だけでも『被害者に自発的に「Yes」と言わせる(実際は、自発的な形式で「Yes」と言う事を強要するわけだが)』ように仕向けるんですね。
 
 大抵は、相手の「買いたい気持ち」を高めるのではなく、「買わない理由」を全て潰していく。
 「NO」と言う理由を全てなくして「YES」と言わせるわけです。

 だから、悪徳商法かな、と思った時、質問は止めた方が良い。
 「論破しよう」と思ってはダメ。
 
 おそらく、あなたの質問の答えは既に用意してある。むしろ、思う壺だ。
 「答えられる質問」は、相手にとって契約へのカウントダウンに聞こえる事でしょう。
 さらに、「あなたがした質問」に対する「回答」に費やした時間は、”あなたのせいで費やした時間”になります。つまり、状況的には”相手があなたを拘束していた”のではなく”あなたが相手を拘束した”事になっちゃうんですね。
 これは、心理的に負い目になるし、相手も抜け目なく利用する。

 で、一端「Yes」と言わせてしまえば、後はほっといても確信を深めてくれるわけですから、これほど楽なものはないわけです。

 
【手口の裏側】

 この悪魔のシステムで最も肝となる部分は、もっともらしい証拠を並べ立てる事ではなく、「相手の自尊心を高めること」だったりします(だから、元々「自尊心の高い人」は非常にひっかけやすい)。

 そのためにはどうするか、というと“相手を褒める”わけです。
 「あなたは特別です」、「あなたなら分かるはずです」と、徹底的に「あなた」を高尚な人物に仕立て上げる。そうするうちに「分からない」と言いにくくなるんですね。

 相手が言っている事は実は「分からない事」が多いんだけど、「分かったふり」をしてしまいはじめる。今更「実は分かんないんだけど」と言いにくくなった時、「この商品の良さが分かっていただけますね」と言われると、つられて「そうだね」と言わざるを得ず、「では、契約を...」と畳みかけられちゃうわけです。

 ついでに言えば、「自尊心の高い状態」だと、先に挙げた「自分の判断の間違いを認めない」効果も高まるので、一石二鳥。

 うまくしたもんだ。


【どんな人が騙されるのか】

 「人を疑うことを知らない」ような人を騙すのは簡単でも、得られる利益はそう大きくない(疑われないで得られる信用はその程度)。

 むしろ、『自分は騙されない』し、自分は『論理的・合理的』だ、と思っている『自尊心の高い人』こそが、まさにカモな人種。
 この手の人は、思考を誘導しやすいし、結果一度信じ込ませれば金を極限まで搾り取れる。さらに今度は「その人の信用」を消費して新たな被害者を勧誘してくれるから、ありがたいばかり。

 具体的には、成金、学者先生、技術者、このあたりが絶好のカモになる危険が有りますね。
上の職種のうち2つはアノ方々に当てはまるけど、たまたまです(マジで)。
別にあてつけのつもりでは無いです。


 「何故騙されるのか」については、「騙す側の力量」にかかっているんですが、「何故騙されて気付かないのか」については、「騙された側」の問題でである、ともいえます。

 「信じて疑わない頑なさ」の根底にあるのは、自分がもし間違っていたモノを信じていたら、自分の価値、あるいはアイデンティティが崩壊する、という“錯覚”。
 
 でもね、実は「人間なんて間違って当然」なんだよね。
 間違ってしまったからといって、自分の価値やアイデンティティに対するダメージはほとんど無いんですよ。

 なのに、何かダメージを過大評価してしまうのは、相手によって不当に高められた「自尊心」のせいかもしれないけど、元々持っているその人の属性のせいかもしれません。


【やっかいさ】

 で、こんな「騙されてる人」をなんとかしてあげたいと説得しても、当の本人は頑に都合の良い事ばかり言って、事によっては説得相手を敵視するに至るわけです。

 「不安要素」を指摘されればされるほど、まるで止まったら死んでしまうマグロのように、徹底的に、そして精力的に相手を否定し、「自分の信じているものがいかに正しいか」を口角泡を飛ばして強調するようになっちゃう。

 で、「騙されて信じ込む」事で、実は金品的な被害よりも怖いと思うのは、人間関係的なダメージ。
 これはなかなか取り戻せない。

 しかもしかも、そんな人間関係的なダメージが顕在化した時、素に戻り冷静に判断するようになればいいんだけどそうはならない。
 「受けたダメージの分だけ」その“信じている物”に価値があると、かさ上げしちゃったりする。

 また、上手くしたもんで、そんな人の周りには同じ「騙されて信じ込む」仲間(以降“信者”と呼ぶ)が側にいる事が多い。そして、そっちの方こそ「真の友」であるように錯覚し、ますます人間関係に閉鎖的になる。
 で、信者との関係が濃密になる一方で外部の人との関係が疎遠になるから、ますます信者の輪から抜け出しにくくなるんですね。

 ああ、悪循環。


【どう対処すべきか】

 一番は、そういう話に首をつっこまない、ってことデスね。
 「近づかない」、あるいは「遠くに危険を感じた時点で逃げる」。
 
 どんなに「自分は騙されない」という自信があっても、相手はそういう人を相手にするプロなんです。むしろ、その自信こそがひっかかる原因になりかねない。

 一日コーヒー一杯の値段が10年で幾らになるのか、とか、そんな儲け話がホントなら人に勧めないで独占すればいいのに、とかいうロジカルな検証は2の次でいい(多分、そんなFAQ的な疑問を言いくるめる準備は相手方はしているはずだ)。

 まず、「自分は特別な存在ではない」、「自分の判断はあまりあてにならない」と言う事を自覚するといいんじゃないかな。
 極端に言えば「自分に自信を持つな」。
 「あなたは、特別に選ばれた5人のうち1人です(byサムライ商法)」
 →自分はそんなのに選ばれるわけないじゃないか

 「あなたみたいな人はぜひお部屋に絵を飾るべきですよ(by絵画商法)」
 →自分は絵を見ただけで心が豊かになれるような高尚な人間か?

 モチロン、自信を持たなすぎて「全てあなたに任せます」となると、それはそれで危険なので『自分の身の丈を知れ』って方がいいかもしんないけどね。

 
【おわりに】

 「ニセ科学」の蔓延を防ぐために、何が「ニセ科学」か、どう「ニセ科学」か、を示す事も効果はあると思うけど、同時に「どうして騙されるのか」を考え、そこから「汎用的な騙され防止策」を導く事も大事だと思う(そうしないと、「ニセ科学」の指摘がまだされていない”ニセ科学”にはかえって引っかかりやすくなる危険が有る)。

 そんなスタンスで見るからこそ
 「騙されないための思考」どころか「騙されて信じている人の思考」を踏襲する思考プロセスを露にして恥じない『ニセ科学批判者』を見ると、かなりイラッとする。

 それこそ「悪い見本」じゃないか。

 「何が科学でないのか」という「結論」は正しいのかもしれないケド、そういった「正しい結論」と共に「誤った思考方法」まで流布したんでは、蔓延を止めたいのか、促進したいのか分からないよなぁ
 ...と、私はオモウノデアリマス。
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zorori

ギスギスした話題はホント嫌ですね。(本能的に嫌と感じるだけで悪いことだと言っているわけではありません。)

じつは、私も結構騙されています。ユリゲラーを見てスプーン曲げに挑戦したこともありました。それはずいぶん昔のことですが、ここ数年でもインチキ商品を買ったこともあります。(ステンレスで消臭するという商品)

で、確かに論理的思考は騙されないためにはあまり役に立ちません。ただそれは論理的思考そのものが役に立たないのではなく、現場では論知的思考を働かす時間がないためのような気がします。いわゆる衝動買いをしますからね。経済学者が金儲けできないのと同じかもしれません。科学者がマジシャンにとって一番騙しやすいカモだというのもよく聞く話ですね。

というか、科学者がいつも論理的思考をしているとは限りませんし、普段から非論理的な科学者もたくさんいるのは周知のとおり。自分自身は論理を大切だと思っていますが、常に論理的に行動しているわけではありませんし。

で、論理的思考は騙されないためのノウハウではなくて、事後的にだまされた原因を考えたり、ヨタ話を時間をかけてじっくり検討するのに役にたつんですね。生き馬の目を抜くような状況で咄嗟の判断ができるわけではない。ちなみに私は、対面での議論が全くの苦手です。頭の回転が悪くて機敏な対応が出来ないからです。

騙されないための役にはあまり立たないけど、論理的思考は大切だと言いたいわけですけど、当たり前か。




by zorori (2009-07-04 07:59) 

alice

>同時に「どうして騙されるのか」を考え、そこから「汎用的な騙され防止策」を導く事も大事

いやまさに、それが最も上位に来る概念だと思うのです。ニセ科学というのは、騙され防止のための判断材料の一つというぐらいに位置づけた方が、何かとスムーズだと思います。

確かに「騙されないためのノウハウ」の一つでは確かにあるわけで、騙されるときは一瞬ではなく、考える時間が持てる場合も多くて、私はそういうときはニセ科学批判みたいな情報をおおいに参考にしています。

by alice (2009-07-04 21:41) 

Judgement

【zororiさん】
私は大好きなんですけどね。ギスギスした話題。
ギスギスしているだけで、ご飯3杯はいけるわね(性悪)
まぁ、本能を脅かさない程度にお付き合いください。

私も、小学校の時は、真剣にスプーンを見つめたりしたなぁ。
大学時代は学祭の「スプーン曲げコンテスト」なるもので、見事一位になりましたよ(←詐欺師)。ちなみに、二位と三位はいなかったなぁ。

あと、コメントに関連して記事書きましたので、そちらも参照のほど。
http://naked-kings.blog.so-net.ne.jp/2009-07-05


【aliceさん】
私の場合、特に「社会のため」に何かしようとしているのではなく、「私が気に食わない奴ら」が蔓延するのを、なんかしら妨害したいだけだったりします。
(あと、変な道を突っ走っている人を見るとちょっかい出したくなる)
だけど、そこで「効率的に邪魔をする」方法を色々考えてみると、「汎用的な策」を示す方が楽に目的を達成できるとオモウノデアリマス。
by Judgement (2009-07-05 02:54) 

トンデモブラウ

購入した自動車の話は、ちょっと違うんじゃないかなぁ。
特に自動車なんていう高額商品の場合、購入する前に詳細に検討して悩みに悩んで決断するわけです。(まぁ私が貧乏人なだけかもしれませんけど。)
で、決断して購入すると、おいそれと買い換えることができるものでもないので、後悔したくないので、購入後も十分”公平な”判断ができるにも関わらず、というか公平な判断をしたくないので、他の自動車のスペックは見ないんです!
見るもんかっ!!

私なんかは数千円のMP3用イアフォンでさえそうします。
まぁ、私の場合は、買ったら買ったで「やっぱあっちの方が良かったなぁ・・・」と後悔し、買わなかったら買わなかったで「うぅむ、やはり買っておけばよかったのぉ・・・」と後悔するんですけどね。

by トンデモブラウ (2009-07-06 08:30) 

UKA

わー、返事もらえた~。ありがとうございます。

と喜ぶおっさんです。

根っからの理系馬鹿としては、実際のところ、今回の記事についても気の利いたこと?は言えないんですが、言わんとされていることはわかるような気がします。

あくまでもわかるような気がする、なので、きくちさんの言う
「わからんことは保留でいい」
(うろ覚え)
を実行しつつ、わからなかった事実だけ覚えておくというのが自分のスタイルなのですが、世の中にはわからないが保留は許されずに今すぐ決めろこんちくしょーという状況もありますよね。

もしくは、今すぐ決めろまで切迫してないけど、決断が無ければその先の状況発展も無いような局面。要するにサラリーマンやってれば普通にあるシチュエーションなんですけど、そういう時って、たいていの場合

1.前例を考える(過去の経験をほじくる)、で踏襲する。
2.前例が無ければとりあえず失敗時のリスクを抑える策を取る
3.根拠無く思いつきで行動する
4.その状況が時が来て解決する事を期待して埋める

くらいしか選択肢ないわけで。

それが、ニセ科学なり、へんてこ宗教だったりすると上の選択肢にない、

5.絶対に間違えてない確信に満ち溢れた意思で間違える

を選択しがちな理由がやっぱりわからない。

まぁ、そんなのが判るわけ無いような気もしてますが・・・。
by UKA (2009-07-06 21:49) 

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